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月音は意味を取り入れるために、噛みしめて受け入れていく。
「そして何より、今ある自分を作ったのは、他でもない自分と自分以外の人間だ。関わってきた過去が、今が築かれる。幾人の一部をつなぎ合わせて自分という核をはめてできあがったのが己だ。たとえ、忘れようとも必ず残る。その事実は不変であり独りにはなれない」
嫌でもね。
締めくくられ、月音は目を閉じる。
自分の中でよみがえるのは、たったひとつ。
あの人、母の顔。
食べさせてくれた記憶しか思い出せない。
あまりに少ない。
今までは。
――ひとつ、ひとつ。ここでの思い出が、あふれる。
薔薇の鮮やかさ。
ケーキの甘さ。
彼の体に咲いた華の美しさ。
彼の笑顔。
ぬくもり。
声。
硬くも大きな手のひら。
冷えた心がじんわりとあたたかくなる感覚。
短い期間の出来事が、月音の心に大きく影響し、記憶に刻まれている。
すべて、色がついた。
彼と出会う前のモノクロの世界ではない。
赤、黄色、青、様々な色彩が広がっていた。
目を開ける。
飛び込んだ泰華の顔。下にむければ、くまが見つめていた。
あかいりぼん。くろいひとみ。ちゃいろのけ。
ぎゅ、と抱きしめれば彼と同じ匂いがした。
もう、手放すなどできない。
なくなることが耐えられない。
月音は反発していた己の想いを、やっと受け入れた。
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