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翌日。
彼はかわりなく朝の支度を終えると、名残惜しげに玄関で立ち止まる。
見送りに来た月音と向き合って、気だるげに息をついた。あからさまに行きたくないと訴えているが、月音にはどうしようもない。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
恒例の挨拶に、月音が小さく頷けば、彼はなぜか石のように固まった。
大きく目を見開く顔は、今まで見たこともない色に染まっている。いつも飄々と艶やかな笑みをたたえている、余裕を崩さない男。それが月音の知る泰華だ。
何を驚いているのか。
一拍、おいてから。
泰華はゆるりと顔をほころばせた。やわらかな瞳が、とろりと蕩けるよう。
「いいものだな」
「な、にが?」
「見送りと、出迎えがある。それだけで、ここまで幸せになれるとは思わなかった」
本当にうれしそうに、まるで幼い子供のような無邪気さが月音の目に飛び込んだ。
何度か瞬いて思考を巡らせる。
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