サイバーパンク・プラネット

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 当時彼女とわたしが属していたのは、アルファポリスと呼ばれるサイバーインだ。サイバーインと呼称はできる。これがこの種の小規模施設を総称するこの街での呼称。しかし、実際そこはサイバーなどからほど遠い。いつも水の流れが悪い複数のトイレはすべて手動のレバー操作だ。セキュリティも古い。この今の時代にもまだ旧式の大型カード式キーを各部屋のドアに使用している。少し近くで観察すれば、ひどく旧タイプの単純廉価な磁気カードであることは明らかだ。  800000クレジットを出しても抱けない高級娼婦を数十人単位でそろえる第1級のクラッシュインから、3000クレジットでも客の要求に応じる第6ランクの底辺サイバーインまで。ここ第71都市アルドフィリアの歓楽地区は、その時点でも700を超える大小のプレイインが乱立していた。そしてわたしと彼女が属していたアルファポリスは、その中でも最も下位ランク。  当時わたしの基本単価は11000クレジットに設定されていたが、要求があれば6500までは下げることを許可されていた。彼女にしても、彼女自身は自分の基本単価を言いたがらなかったが―― 当時そこで最も高級取りのアザレアという人間の娼婦が、基本単価22000に設定されていた。つまり、それより下位ランクのシルクの単価が、20000を大きく低回っていたのは明らかだ。  いいねえ、あんたは。ビョーキもアレも、なんにも考えなくてただそいつらとヤッてればいいんだかからさ、と。酔いがまわった深夜の無稼働待機時間には、彼女はわたしによくからんできだ。ときにはわたしにむかって、長すぎる付け爪をつけた指をつきつけ髪にふれ、「ったく。お人形みたいな、天使みたいな顔しちゃってさ。それであんたは、男とやる以外の機能ないってどういうことよ? まったく最低の機械(がらくた)だよ?」  などと。彼女なりの、精いっぱいの悪態をついたりもした。  しかし。いろいろ言葉で言ってはいるが。根本のことろで、彼女に強い悪意がないことは最初の時点からわたしはわかった。ただ、誰かに何かを言いたい。ただ、誰かの注意を引いていたい。ただそれだけ。そしてそのときその場にいたのが、わたしであったと。それだけの理由だ。  だから、わたしは特に彼女を悪くは思っていない。もとより、わたしを含めた性産業用に開発されたラブドールのシリーズには、相手に悪意を抱くという思考パターンは備わっていない。  単純な無関心。あるいは、相手に対するわずかな関心。  比較的シンプルな思考アルゴリズムに従って、そのどちらかの反応を生起する。そのどちらかにしか、わたしの思考は流れていかない。
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