サイバーパンク・プラネット

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   世界の底が見えたね。  それが彼女の口癖だった。  世界の底。彼女は好んでそのフレーズを口にする。  しかし彼女は誤っている。世界に底は存在しない。  そもそも世界はそのように構成されていない。  しかしわたしが何度それを指摘しても、彼女は皮肉に微笑むだけだ。  あんたはバカだ。あんた、賢いふりして、あんたのクソ可愛らしいその目には、何ひとつ世界が見えてないんだ。  彼女はそう言って唾を吐く。  ときにはその唾には血が混じり、ときにはそこには過剰なアルコール成分が混在していた。  彼女にはひとつの名前があった。 『シルク』というのがその名前だ。  名前の由来はシンプルだ。彼女の髪は、まさしくシルクのような光沢のある長く淡いホワイトだったから。  これは地毛なんだよ、と。彼女は笑って言っていた。ときには危険な合成酒を飲みながら。ときにはだらりと唾液を長く垂れ流しながら。  しかし彼女の薄いグレイの瞳は、いつもわずかに笑いを含んで輝いていた。客に首を絞められて死にかけた夜も。ぶざまに失禁と嘔吐を繰り返す暗い夜明け前の時間にも。  だからだ。  わたしが彼女の興味を持ったのは。  なぜ、あなたは笑うのか。  あなたの言うところの、この世界の底で。  冷たく床に這いつくばって。ゆるい無意識と死と快楽の狭間に、その精神をさまよわせながら。それでもあなたは、なぜ、そこでまだ笑っていられるの。
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