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結局、百合の真意は不明のままだった。それでも美味しく食事を終えて、俺たちは店を後にする。
「康之くん、後悔してない?」
今日は俺の部屋で過ごすことになり、並んで歩く道中。またも彼女からの唐突な問い掛け。
「後悔、って……。百合ちゃん、さっきからどうかした?──なんかあったの?」
「直美、今度二人目生まれるんだって。覚えてる? 篠原さん。今は江本さんだけど」
「もちろん覚えてるよ。そういえば、百合ちゃんと篠原さん仲良かったっけ」
旧姓篠原直美も、俺たちの大学の同級生だ。彼女は確か、中学校の教員だった筈。
「……あたしじゃなかったら、康之くんももうとっくに結婚して可愛い子どもの一人や二人もいたんだろうなって」
実は、数年前百合に求婚したことはあった。……実質断られたわけだが。
「今は仕事で手一杯で、悪いけどまだ考えられない。康之くんが結婚して子どもが欲しいんだったら、別れて他の人とそうしてくれて構わないよ。恨んだりしないし、絶対! ──あたしには、あなたの人生左右する権利なんかないから」
「俺はただ結婚したいんじゃない。子どもが欲しいんでもない。──百合ちゃんとでなきゃ、意味ないんだ」
あのとき勝手に口をついて出た台詞は、紛れもなく俺の本心だった。
──それは今も変わらない。
「俺は別に、結婚とか子どもとか、家族の形を整えたいわけじゃないんだよ」
改めて告げた俺に、百合はいつになく自信なさげに言葉を続けた。
「今は良くても──」
「そうだな。もしかしたら後悔する日が来るのかもしれない。でも、それは百合ちゃんのせいじゃないだろ。決めたのは俺なんだからさ」
百合はまだ何か言い掛けて、──結局口を噤んでしまう。
「百合ちゃん。結婚したくない、んじゃないよな?」
俺の言葉に、百合はついと視線を寄越した。そのまましばらく見つめ合って、問われた内容を咀嚼できたのかゆっくり口を開く。
「うん。『絶対したくない!』っていうのはない。康之くんのことも好き。でも、結局いつならできるのかって考えても答えが出ないの。──だってこれから、暇になることなんてまずないじゃない?」
百合の気持ちは俺にもよくわかる。
実際この先の俺たちは、日を重ねるごとに中堅からベテランとして責任が増して行くばかりだ。
だから、俺は以前から考えていた案を切り出した。
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