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00.序章
朝から粒の細かい雨が降り続いている。私は傘をさして家までの道をゆっくりと歩いていた。
雨は一日中降り続いているけれど、弱々しく降っているためか足元以外は濡れていない。そんな空模様を見てふと頭の中に《涙雨》という言葉が浮かんだ。大切だった人との別れを偲ぶような雨。まさに今日にピッタリだ、そんな事を考えていると、また目頭から一筋の涙が零れ落ちた。
このところ身の回りに起きる出来事にすっかり身体も心も疲れ切っていた。私自身は誰かを陥れようとか、邪魔しようとか、そんなことは何一つするつもりは無かったのに、気づけば私は好きだった人と永遠に会えなくなってしまい、友人から罵られ、たくさんの人から恨まれている。いったいどうすればよかったのかが全く分からない。
……いや、後悔していることはある。彼の前で素直になれなかったこと。裏切られた悔しさや嫉妬、そして何より自分の中にあるちっぽけなプライドさえなければ、彼を永遠に失うことは無かったのかもしれない。たとえもう一緒にはいられなくても、彼を失うくらいなら自分が大人しく傷付くべきだったんだろうか。
そんなことを考えながらぼんやりと歩いているうちに、マンションの入り口が視界に入ってくる。見慣れた景色の中に見慣れないものが映り込んでいた。
(……何か置いてある? 動……いてないよね?)
いつもなら特に気に留めることは無かった。まして今日は傘で視界も悪い。そのまま素通りしてしまってもよかった。だけど、今日は何となく気になってしまい、立ち止まって視線を向ける。
そこにいたのは、小さな猫とそれを見守る男の子だった。この1匹と1人との出会いが、その後の私に大きな影響をもたらしてくれることになる。
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