06.新たな上司

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 だけど、想定外のことが起こったのは昼を過ぎた頃だった。 「普段お茶とか飲まないのよね。私には使いようが無さそうだわ」  佐知がお茶を注ごうとした瞬間にお客さんから飛び出した言葉だった。おそらく友達か誰かの付き添いだったのだろう。固まる佐知を見て、私は咄嗟に前に出る。 「お客様、普段お酒とか飲まれますか?」 「そうね。毎日とは言わないけどそれなりに」  その言葉を聞いて、奥から炭酸のジュースを持ち出した。 「お茶はあくまで一例で、何でもいいんです。例えば週末仕事から帰ってきて家でお酒を飲むとき、このグラスを使うと……こんな感じで、炭酸が入ると泡とグラスの模様が相まって綺麗じゃないですか? 勿論炭酸じゃなくても十分きれいなんですけど」  そう言って炭酸ジュースの入ったグラスを手渡した。受け取った女性も「確かに、お店みたいな高級感が出て素敵ね」と言って見入っていた。  横目で佐知と目が合う。なんとか乗り切れたな、と一安心した瞬間だった。 「やっぱり優希乃さんは凄いです。私はとっさにあんな対応出来ません」  グラスを片付けながら佐知は呟いた。 「今回はたまたま。私あのグラス家で色々使ってるからとっさに思いついただけよ。佐知だって家で使ってるんでしょ? あのグラス」  私の言葉に佐知は思わず手を止める。 「何で知ってるんですか? 私がグラス買ったって」  今回お茶会を復活させるにあたっての根回しで柿谷さんとも話をした時に聞いた事だった。正直、柿谷さんは佐知が残っていなければ個展自体を早めに打ち切ることも考えていたらしい。佐知のあの行動が柿谷さんの心を掴んでいた。私は感謝を込めて佐知を見た。 「西原さんにこの企画却下される前に買ってたんでしょ、個人的に。柿谷さん言ってた。すごく意欲的でいてくれるって。だからこそお茶会無くなったとき残念だったみたい。私はそれを聞いて、佐知ならやってくれるって思ってた」  佐知は少しだけ目尻を拭う。 「優希乃さん見て思ったんです。紹介するからには自分が好きになることから始まるんだって。でもまだまだ難しいです」  佐知が少しずつ成長しようと動いているのが感じられて、今日はその成果が見れた気がした。その事が凄く嬉しかった。だけど、その空気はあっという間に壊された。 「森下が来てるって聞いたんだけど、本当ですか?」  聞いたことのない声だった。ということは……
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