01.疑惑の始まり

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「仕事はもう終わってるんだけど、別で作らなきゃいけない資料があって。あと最近あんまり食欲ないんだ。だからまた今度でいい?」  鈴本くんは私と髙山さんが付き合っていることは知ってるから、少し愚痴りたい気持ちもあったけど、コンペの資料作りを進めないと終わらないのは事実だったし、今髙山さんのこと話そうとすると愚痴というより私の一方的な悪口になりそうで、そんなものを鈴本くんにぶつけたくはなかった。鈴本くんはそのまま立ち去るかと思っていたら、空いている隣の椅子に座ってこちらを見た。 「だからだよ。お前最近顔色悪いし、何か周りで変な噂話飛び交ってるしで。なんか悩んでるんじゃないかと思ってさ。俺の飯に付き合う体でいいから話聞かせろよ。資料作り大変なら俺手伝うし」 (相変わらず鈴本くんは優しいし周りをよく見てるな……)  その優しさが身に染みる。鈴本くんは面倒見が良く後輩からの信頼が厚いだけでなく、先輩達からも信頼されている。髙山さんみたいに目立つタイプでは無いけど、仕事は誠実に取り組むし頼りになるし、身長も高くて顔も整っている。なので髙山さん程ではないけど社内でも人気があることを今更ながら思い出した。   「他チームのメンバーまで面倒見なくて大丈夫よ。ましてや……」 「同期だし、って言いたいんだろうけど、これは仕事じゃなくて純粋に同期として体調含めて心配してるだけだよ。そのくらいさせろよ」  私の言葉を遮るように発せられた言葉はぶっきらぼうだけど優しい。うっかりその優しさに流されそうになったけど、ぐっと堪える。 「ありがと。気持ちはすごく嬉しいよ。でもこの資料、一人で作らなきゃいけないものだし、明日までに出さなきゃいけないの。だから、これ終わったら行こうよ」 「そっか、分かった。でもあんまり無理すんなよ」  私の言葉にそれ以上強く出ることなく帰っていく鈴本くんを見送ってから再度パソコンに目を向けた。明日中に終わらない気がしてきた資料を見ながら、髙山さん曰く「意味のない作業」に何必死になってるんだろうとも思ってしまう。  でも気まずい雰囲気を抱えながら髙山さんと仕事を進めている今の状況を思うと、この一人集中できる時間をやりがいにすることで、モチベーションが維持できている気もする。首を3回程左右にまわして気分転換してから再度パソコンに向かった。
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