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おにぎりと海苔と、梅干しの種と。
「おーい。人の話聴いてんのかゴラァ。」
あまりにも初対面とキャラが違いすぎませんか。別人じゃね?
「サヨー。その辺にしときなさい。疲れてんだから。」
窘める大家さんの声を最後に、私は意識が遠のいた。
私はそのまま、居間のソファで寝てしまったらしい。
幸い夏なので(?)風邪をひくこともなく、誰かが親切にブランケットをかけてくれていたことに気づく。
「あ、起きたー?今日は簡単なもんしかないけど、夕飯にしていい?」
そうだった。ここは基本朝と夜、大家さんが食事を用意してくれる超有難い物件…って、今なんつった?夕飯?
二十四時間表示の置時計は十八時半だった。
ボー然としている間に、テーブルに並べられたのはシンプルな和食。
おにぎり。厚焼き卵。お味噌汁。小松菜だかほうれん草だかのおひたし?
冷ややっこ。もずく酢。キュウリの浅漬け。ザ・シンプル和食。
でも美味しそう。
テーブルには三人分並んでるけど。私以外だと誰の分?
ガイコツも食べられるのかな。
そう思っていると、大家さんが小夜子ちゃんとテーブル席に着席した。
「ホラ、おいで。食べようー。」
そう言われて私も席に着く。
「いただきます。」
三者三様、手を合わせる。変な気持ちだ。
大家さんは普通にお味噌汁から手を付けてお箸で具を確かめるように口にしてるけど、ガイコツ小夜子ちゃんは。
なぜかガイコツに直接エプロン姿で、首から下げていたカメラを手に取り、
今日のメニューを写真に撮っている。
そしておにぎりを手に取り、二つに割って中の具を確かめる。
「梅干しだ。」
匂いを嗅ぐように鼻に近づける。
わかるのか?
「食べないの?」
ガイコツに睨まれた。いや、目玉ないから睨まれたかは分からんけど。
「えっ、食べます!」
「ふふん、私の食事が気になる?」
うん、そりゃぁもう気になりますとも。と言っていいのかわからない。
「私はね。まず写真撮ってから、こうやってあちこちいじくってゴハンとか食事っていうものに別な意味で味わうの。」
別な意味。
「直接は食べられないのよね。でも仏壇とかにお供えはするでしょ?それと似たようなもんと思えばいいよ。」
大家さんが言う。
「例えばさぁ。このおにぎりのディテール。お米が集合して三角になってる立体。海苔の美しさ、梅干しの郷愁。種なんてノスタルジーの極致よアンタ。以前は気づかなかった事だよ。」
そう言って小夜子ちゃんはお箸で器用に梅干しの種を取り出して小皿に乗せた。
その小皿を私にずいっと差し出して、
「この梅干しの種一つが、どんなに言語化不能な気持ちになるか、アンタにはまだまだわかんないだろな~。まぁ最近はコンビニおにぎりとか、種ないしねぇ。」
言い終えると、小夜子ちゃんは梅干しの種の写真を撮った。
私は、返す言葉がなかった。
そんな間にも大家さんは黙々と厚焼き卵を頬張って、次に浅漬けに箸を伸ばしてポリポリ。
キュウリの浅漬けを嚙み砕く音だけが部屋に響いた。
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