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小夜子ちゃんの正体
ズルズルズル。ごくん。
「どう?美味しい?」
「はい。美味しいです。ありがとうございます。」
私は大家さんが用意して下さった引っ越し蕎麦を食べている。
「そりゃよかった。うちの旦那が打った蕎麦なの。最近、蕎麦打ちにハマってるんだけど独学だし、いつまで続くか謎なんだけどね。」
「へぇー。スゴイですねぇ。」
大家さんの夫はドイツ人で、日本文化の様々なモノに関心が強いとか。蕎麦打ちもその関心のひとつらしい。そもそもこの古民家を買ったのもリフォーム計画も、言いだしっぺは全て大家さんの夫なのだという。
しかしリフォームというのは何かとお金や時間がかかる上に、関心を惹くものは目移りするらしく本業もあってなかなか進まないという事で、奥さんと共に最低限の設備を整えてから、入居者を募ってみたと言うワケらしい。
ナルホド、あの最新式お手洗いはそういう事か。トイレばっかりに感心してたけど、言われてみれば生活に最も重要な場所は簡素ながらキチンとしてた。
「やっぱり水回りって大事よね~。」
まぁ確かに。それに日本人の私でも興味をそそるレトロな家屋ではある。
「あれは?」
ふと、私は目に入った棚の横に飾ってある一リットルペットボトルくらいの大きさの人形を指差して訊ねた。二つあるそれはどう見ても普通の人形じゃない。
人体模型と骨格標本だ。学校によくあったものよりサイズは小さいけど。
「ああ。あれは前にここに住んでた美大生が置いてった奴。右のが人体模型のジンさん。左が骨格標本のホネ君。」
ジンさんとホネ君?名前付いてんのかい。
「美大生?医大じゃなくて?」
「美大生。入居期間は短かったなー。もういいですぅ~とか言ってなんか慌てる様に出てったの。あれはその美大生の手作りらしいよ?」
ほえぇ。結構リアルに出来てるなぁ。
「話変わりますけど…小夜子ちゃん、本当に大丈夫ですかね?」
「ああ、そんなに深刻にならなくていいと思うよ、あの程度の事なら時間が解決してくれるっていうか~。まぁ傷は浅いと思う、よ?」
思うよって。本人じゃないとわかんねーじゃん。
夜。
私はお風呂上りにビールを飲んで軒下でくつろいでみた。
こういうのちょっと憧れてたんだよね~。
今は心配事なんてちょっと忘れて、このリラックスタイムを大事に味わうべし。
「お風呂あがったんなら次使わせてもらうよー?」
「はーい。」
大きな声が聞こえたので私は反射的に答えた。
今の声誰だ?
今のとこ、この家の入居者は小夜子ちゃんと、今日来たばかりの私だけの筈。
大家さん夫妻はすぐ近所の別の家。さっきの声は…昼間会った小夜子ちゃんの声と喋り方とはなんか違うっぽいような。他にシェアしてる人っていた?お風呂だけ借りに来た誰かがいるのかな?
「あースッキリした。昼間はごめんねー。初日から混乱させちゃうけど…」
え。シャワーだけにしてもえらく速くないっすか、随分と烏の行水…と思って聞こえた声の後方を振り向くと。
そこにはガイコツが立っていた。
ガイコツが、バスタオルを体に巻いて立っている。
バスタオルから伸びているのは紛れもなくガイコツの両腕足、首に顔。
なぜか缶ビールを持って頬に当てている…と思ったら、「あ」というひと言と共にバスタオルが床に落ちた。全身ガイコツ。あの標本と同じ。
フリーズ。私は声を失った。
「あ、失礼。改めてご挨拶し直させて頂きます。本日から同居と相成ります、昼間の…えっとまぁ、こんな姿で驚かれたでしょうが一応、お昼に会ったサヨコです。同一人物ね。昼間は大変失礼しました。とにかくよろしくっ!」
じーざす。これは幻覚でしょうか。
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