クビと退去

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クビと退去

 急転直下。っていう言葉はこういう時に使うんだろうか。  突然、私は会社からクビ宣告を受けた。  「いや、クビってのは人聞きが悪いな。契約期間満了と言って欲しい。」  「えっ、だってそんな。満了って、契約期間はまだ随分先まである筈じゃないですか。その後だって更新もあるって。」  「君ねぇ。世の中そんなに甘くないよ。派遣社員てのはそういうもんなんだからさ。いやホントに気の毒だとは思うけど、満了ということにしとけば次の時に履歴書も書きやすいだろう。会社としては仕方ないというか、他の選択肢はないんだよ。」  私は失意のどん底に突き落とされた。あまりにも突然に。  どうせ落ちるならフォーリンラブ(恋に落ちる)の方がマシなのに。  これじゃフォーリンヘル(地獄に落ちる)だ。いや正しい英語知らんけど。  今まで正社員さんが定時で帰って残していく分の仕事を遅くまで残業してやってきたことを思えば、正社員さん達より働いてきたともいえる。  私たち派遣社員は、正社員の人たちから「派遣さん」と呼ばれていた。  その呼び方の響きには、どこか裏で揶揄されているように聞こえてしまう日も個人的には、少なからずあった。  「定時だから私達帰るね。じゃぁ派遣さん、あとヨロシク~。」  ってな感じが当たり前な日々。まぁね。自分の立場なんて分かってたけどさ。    「でもいきなり過ぎじゃん?」  「まぁね~。でもそういうものなんだからしょうがないじゃん。」  「所詮私たちは都合のいい『派遣さん』なんだよ。」  「冷めてるねぇ~。」  「あの連日残業から解放されんだから、いいっしょ。丁度私、実家に帰ろうかなって思ってたし。」  「最近残業の内容が変わってきたってか、雑務的になってたのはそのせいか…」  「やっぱりね~。ヤバいかもってあの噂ホントだったんだー。」  派遣仲間たちは様々に話していた。  普通、解雇通告するにしても三か月、いや最低でも一ヶ月は事前に猶予を持ってするものだと思っていたが、あと二週間だという。  労働基準監督署に相談してもあまり意味はなかった。  とにかく会社自体の経営がちょっとヤバいらしい。  しかも派遣元の事務所にはキレられた。  「普通そんなところに相談するか?」  いや、貴方のいう普通って何か知りませんけど、いけませんか。  そもそも派遣元の事務所もちょっと変だった。冠婚葬祭でも数日前に有給申請しなければならない決まりって、「三日後に突然、親族が死にますので有給取ります」って言うの?預言者か。ってな具合で。冠婚葬祭の「葬」も考慮されないって変じゃね?と仲間内で言い合っていた。  次の仕事…といってもすぐには見つからない。派遣会社も次を紹介するとは言ったけど表向きで見つからないというか探す気ない様子。  仮にどこか紹介されたとしても不器用な私は「何でも出来ます・やります・何処へでも!」なんて断言もできない。大体そんな事言おうもんなら、もっとブラックな所へ馬車馬のように…やめとこう。想像したくない。かつて同僚が「馬車馬かー!」と叫んだ声がフラッシュバックする。  社畜だった疲労は案外クルところまで来ているってのもまぁある。  とにかくまず先に住む場所を確保するのが、私には最大の最優先事項。  今住んでいるのは会社の寮だったから。  退職と同時に寮も退去しなくちゃならなくなったわけだ。
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