宅配ピザ店の長い夜

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 朝木ちゃんから連絡を受けた病院はそう遠くない。バイクでものの10分で到着した。  夜間の救急外来入口から中に入ると、照明の落とされた待合スペースの長椅子にふたつの人影がある。なぜか配達のユニフォーム姿の朝木ちゃんと被害者と思しきばあさんが横並びで座り、向かい合って何かしゃべっている。 「あ、店長」  ほっとしたような顔で朝木ちゃんが振り仰いだ。ばあさんの右足は焦げ茶色のズボンが膝までまくられて簡単に包帯が巻かれている。ばあさんは俺の顔を見ると、 「これはこれは、さーさこれは」  と目じりを下げた。なんだ、元気そうじゃないか。 「この度は、従業員が大変ご迷惑をおかけしまして」  俺は名前を名乗ってから、型通りのお詫びをする。ばあさんは大仰に頭を下げてメッソウもないと左手を振った。ばあさんはしきりに両手を合わせて朝木ちゃんに謝っていて、アタシが悪いんよ、飛び出してさあ、と同じことを何回も言っていた。こういうばあさんが、翌日身内に入れ知恵されて豹変したりするんだよな、と俺は不謹慎に思っていた。 「お店の責任者の方ですか?」  背後からベテランと見える看護師が声をかけてくる。いい表情ではない。 「怪我の処置は終わりましたので。それでお迎えのご家族はまだ来られませんか?」  そして不機嫌そうに語尾を上げる。「こちらも11時には締まりますので」  要は早いところ帰ってください、ということなのだろう。朝木ちゃんによると、ずいぶん前にばあさんが家族に迎えに来てほしいと電話をしていたようだ。やり取りの結果どうなのか、ばあさんの言っていることがなんだかよく分からない。 「アタシも一人暮らしで、息子は山向こうなもんでさ」  困ったという顔でばあさんが言う。「でも娘が近くに嫁いでてよ。なんだか旦那が酒飲んでるからすぐ行けねえってさあ」  俺は朝木ちゃんに向かって外国人の様に肩をすくめて見せる。よく分からんな。 「ずいぶん前に電話されていて、娘さんがすぐ来るって仰られてたんですけど。いつまでも来られないので」  不機嫌そうに看護師が補足してくれた。ひょっとしてこの看護師もその娘とやらと話したのかもしれない。 「店長ちょっといいですか」  朝木ちゃんが立ち上がって俺を呼んだので、ばあさんたちから離れたパーテーションの奥に入って立ち話をする。 「本当すみませんでした」 「大丈夫だ。しかし朝木ちゃんも大変だったな。で、どうしたの」 「はい、さっきおばあちゃんがご家族に電話した時に途中代わってくれって言われて私電話に出たんです。そうしたらよく分かんないですけど、多分娘さんの旦那さんだという男の人がすごい怒っていて。車で年寄りにぶつけるとはどういうつもりだって」 「怒ってたの?」 「はい、結構きつく言われちゃって。だから早く店長来てくれないかなって」  俺はきっと渋い顔をしていただろう。今日は次から次へとだ。 「あとでこっちに向かうって言ってました」  了解した。仕方ないなと、今日何度目かのため息をつく。  それから30分ほど待たされた。時々顔を見せる看護師が困惑したように何か言おうとした時、背後の扉から賑やかな声が聞こえてきた。 「おいおいおい、どういうことだ。冗談じゃねえぞ」  男と女が連れ立って暗い待合室内に入ってきた。反射的に立ち上がった俺は男を見てのけぞった。  蛸入道がそこにいた。革ジャンを羽織っていたが、両手が蛸踊りしている。 「あ、てめえは――」  蛸入道が言い切るより早く、俺は素早く手元の菓子折りを差し出した。またお会いしましたね。 「買ってまいりました」  と俺はついそう言ってしまった。長い夜はまだまだ続きそうだ。 (了)  
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