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厨房のど真ん中にある壁時計が午後9時を回ったのを知った。俺の左耳に、ガッチャンコガッチャンコとバイトたちが調理器具などを片付け始める音が聞こえてきたからだ。
同時に自動扉のエントランスの外で、配達バイクを整列させる音も聞こえた。この宅配ピザ店「マンハラン・ピザ」の毎夜のルーティン。今日は暇だ。さっき朝木ちゃんが車で配達に出たきりオーダーの電話は鳴らない。
「お祈りタイム」と言うらしい。少し前に朝木ちゃんが教えてくれた。閉店間際になるとオーダーが来ないように配達スタッフたちが祈るのだそうだ。おバカちゃんかと思う。閉店は11時だし。困ったものだと苦笑していた。スタッフは気のいい奴らばかりだが、なんせ学生が多い。基本「早く帰りたい」。
おーい、全部片付けんなよ、どうせ後で困るんだからさ。わーっす。とバイト連中とやりとりしていると俺のスマホが鳴った。眉をひそめる。配達に出ている朝木ちゃんからだ。トラブルか?
「ててて店長すみません。おばあちゃんはねちゃって」
悪い予感が的中した。鼓動が早くなって無意識に時計を見る。
「それで、けがは? 救急車は? 警察呼んだのか?」
矢継ぎ早に尋ねる。彼女の話では大した怪我ではなさそうだが、念のため救急車を呼んだようだ。
「おばあちゃん、痛い痛いって大声上げて。ちょっとぶつかっただけなんですが」
慌てた電話口の声に朝木ちゃんのあせった青い顔が見えるようだった。
詳しく聞けば、「はねた」というよりは「軽くぶつかった」という感じらしい。街灯のない道を朝木ちゃんがゆっくり走らせていたら、いきなり反対車線の方から無灯火の自転車がふらりと飛び出してきた。危ないとブレーキを踏んだが、車が止まる直前に「コツン」と自転車にぶつかった。そのままおばあちゃんが転げ落ち、膝を抱えながら「痛い痛い」と。
なんだそれは、当たり屋か?
「了解。ひとまず警察に電話して事故対応して」
何はともあれ大きな怪我ではなさそうである。マニュアル通りに対応を進めるまでだ。
「ところで朝木ちゃん、今配達中じゃなかったか」
「はい。まだこれから向かうところです。どうしましょう」
まいったな、よりによって「お届け前」の事故か。かと言って現場検証の前に配達先に向かわせるわけにもいかない。背もたれを反らせて店舗内を見ると、アルバイトリーダーの村上がつい今しがた配達から戻ってきてヘルメットを外しているところだった。ベテランのフリーターだ。ちょうど良かった。
「大丈夫、今村上君をそっちにやるから商品引き継いで」
「わかりました」
「あと救急車が来たら、俺病院まで面会に行くからさ、搬送先もあとで教えてよ」
そう指示を出してスマホを置く。勘の良い村上がメットを持ったままやってきた。
「事故ですか」
「大した事故ではないらしい。ただ商品積んでる。悪いけど代わりにすぐ走ってくれないか」
「オーケーです」
村上はすぐに伝票を掴んで壁一面に貼られたマップのところまで行った。マップの前にしゃがみ朝木ちゃんに電話で位置を確認するなり素早く店を出て行った。頼れる奴だ。
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