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搬送先の病院が分かったと朝木ちゃんから電話が入った。奥の控室でジャケットを羽織って支度していると、今度は続けざまに村上から着信が入る。彼が店を出てまだ20分ほどである。おいおいと呟く。今度はなんだ。
「はい、どうした」
「店長、すみません。ちょっとこちらに来てもらえませんか」
いつも冷静な村上の声がやや上ずっている。自然と俺も緊張で声が固くなる。
「うん、何があった?」
「はい、ええ……その、お客様がすごくお怒りで」
「お客様って、海鬼瓦様のこと?」
村上が引き継いだ配達先の名前が海鬼瓦様だ。「お怒り」というのがよく分からない。
「こっちの事情を説明して、少し遅れるかもっていうのは伝えたんだろう?」
注文の際に大体の到着予想時間をお客様には伝えている。海鬼瓦様は確かギリギリだがなんとか間に合うだろうというタイミングではあった。とはいえ、出発前に一応村上は電話連絡を入れていた。交通事故で遅れるというのは印象が悪いので、配達車両のトラブルで少し遅れると伝えさせた。問題はなさそうだったが。いったいどうしたっていうのだ。
「そうなんですが……」
どうも村上の歯切れが悪い。まてよ、まさか。恐る恐るという感じで確認をする。
「ひょっとして今海鬼瓦様は目の前にいる?」
「はい」
俺は声のトーンを少し落とす。
「まさかヤクザ?」
「……そうです」
うっと声が出そうになった。とりあえず「すぐ対応するわ。ちょっと頑張っててくれ」と電話を切る。
なんてこったと呟いてしばらくその場で思案した。しかしどうしようとばかりも言っていられない。早く対応をせねばならない。怪我をさせたばあさんと、怒り狂っているヤクザ。両手にのせて、まずはどちらをとるか決めなくては。
洗い物をしていた学生スタッフの男が「どうしたんすかー」と呑気にやってきた。お前らはしばらく「お祈り」を頼むわ。
出発できる支度をしてから「ボス」に電話をかける。この店のオーナー社長だ。
「おう、どうした」
いつものように威勢よく出る。確か今日は東京に出張に行っている。俺はいきさつを話した。こうしたケースは初めてである。どう判断していいか分からないので教えてください。
「分かった。先にヤクザだ。そっちを収めなきゃいけない」
「ヤクザさんは俺初めてですけど、どう対応したらいいですか」
「こっちは何も悪くないんだろう?」
「思い当たることはないですね」
「そしたら、ひたすら謝れ」
「はい?」
「なんで怒ってるか分からんけど、ラチが開かなかったら何を言われてもずっと申し訳ございません、と同じことを喋って耐えろ。30分もしたら疲れてくる。馬鹿じゃねえかってあきらめるから、ひたすら耐えるんだな」
「そんなもんですか」
「そんなもんだ。大丈夫、ホンマもんなら手は出してこない」
そう言ってボスは、なんかあったらまた連絡をくれ、と電話を切った。
急いでバイクに乗った。チクショウ行きたくねえなあ、と夜風に叫びながら俺はバイクを飛ばした。
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