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海鬼瓦様の自宅に到着する。表通りから一本入った裏通りにある古い一軒家だ。見た感じは至って普通の家屋だが、それが逆に不気味だ。
呼び鈴を押すと、被せるように中から「はいれコラ」と怒声が飛んできた。中に入る。真正面の上がり框の上で半裸の男が仁王立ちしていた。甚平の上着をはだけて、胸から肩にかけて派手に墨の入った身体を見せつけている。顔を蛸入道みたいに赤くして怒っていた。そしてその足元の三和土で、ジャンパーを着た村上が正座をさせられている。
最悪の構図だなと、背中に冷や汗が流れ落ちる。
「この度は、ご迷惑をおかけいたしました。何か手落ちがございましたでしょうか」
「うるせえ、テメエが上司かこの野郎」
興奮した蛸入道は上半身をくねらせて威嚇してきた。まともに話を聞いてくれず、紋々を誇示して迫ってくる。正直うんざりした。話が通じないから仕方なく名刺を出して丁重に渡すと、蛸入道はそれをつまみ上げるやロクに見ずにぴゅーんと上に弾き飛ばす。
あえなく地獄タイムが始まった。蛸入道は怒り心頭に発すと言わんばかりの様子で、血の上った顔をしながら同じ話を何度も繰り返してくる。結構酔っぱらっているようなのと、この男の独特な喋り方なのか、何を言っているかほとんど分からない。おおよそ見当がついたのは、「てめえの車の故障なんざ知るか」「娘の大事な日に」「どう落とし前つけるんだ」という断片の言葉で、接続詞が「コノヤロー」だ。それをワンセットにして、延々とリピートする。
どうやら何か落ち度があったわけではなく、こちらのアクシデントで「遅れる」という連絡をしたこと自体が面白くなかったらしい。娘の大事な日に「泥を塗られた」という極道のメンツにかかわったのだろう。別にピザは普通に遅れてないんだけどな。
そんなことで怒られても、すみませんと言うしかない。覚悟を決めて、俺はボスに言われたように「大変申し訳ございません」というフレーズをひたすら繰り返すことにした。壊れたおもちゃみたいに。
「分かってんのか、コノ野郎」
「大変申し訳ございません」
「どう落とし前つツケんだ、コノ野郎」
「大変申し訳ございません」
俺ってバカなのか、と自分でもおかしくなるほどに同じことを繰り返す。そして目の前の蛸入道も、威圧的にもろ肌脱いだ身体をくねらせながらも、同じことをひたすら怒鳴り続けた。目の端で村上が悲壮な顔をして俺たちを見ていた。
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