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彼女――夏夜は目が見えない。五年前の自動車事故で失明した。
直接原因は事故そのものではなく、自分の運転で愛し子を死なせてしまった衝撃が大きい――らしい。医師はそう言っていた。回避不可能な、過失のない事故だった。けれど、彼女の心は光を拒んだ。
事実、事故直後はよく、心を外へ漂わせる姿を目にした。今でこそ明るさを持ち直したが、戻らない視力が秘めた痣を見せつけている。
「夏夜、足元どんな感じ?」
質問返しにより、夏夜の視線が急降下する。その場で、効果音を持ちそうなほど大胆な足踏みを始めた。
「んーっとねー。軽いクッキーたくさん踏んでるみたいな」
――と思いきや、絶妙に例えられ思わず笑みを吹いた。震えながら「楽しそう」だと返事し、実際に空想の中で共に楽しむ。じんわりと、もう一段階濃い笑みが浮かんできた。
僕には足の感覚がない。同じ事故で負傷し麻痺した。最初はベッドから抜けることすらできず、絶望と添い寝していた。
夏夜はきっと、僕より重い荷を背負っていただろう。しかし、そんな彼女を励ます演技すら忘れ、塞ぎこんでしまっていた。
閉じた世界から僕を連れ出したのは、やっぱり夏夜だった。日課になるまで、ほぼ毎日僕を外へと連れ出してくれた。
風を浴びたいから一緒に行って――考え抜かれた誘い文句だったが、今思えば相当な覚悟だったと思う。
「よーし、じゃあ本日の共有も終わったし歩きますか~!」
返事を待てず踏み出した足を、一歩遅れで真似る。サクリと軽い、クッキー似の音が心地よかった。
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