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「そうです。無理せず、自然体で過ごして下さい。そのうちに流れの始まりのきっかけが起きます。この土地が、あなたを必要な場所に迎え入れてくれるでしょう」  亜蓮の柔らかくも力強い言葉に、基子はフッと息を緩めると諦めたように微笑み、頷いた。 「仏教にね、『身土不土(みどふど)』って言葉があるの。身と土、二つにあらず。それが運命であり、この愛する土地が求めることであれば、私は従うまでです」  その清廉な返答に、亜蓮は目を閉じると深く頭を下げた。  そして一歩下がると、隣にいた灯里を前に促す。  今度こそ本当に、別れの時間だ。 「………お母さん」  基子は、目の縁に涙を溜めた状態で手を伸ばしてきた灯里を抱きしめ、それから顔をまじまじと見つめた。靄の中に顔はしっかりと浮かんでいる。肉感はなくとも、その空気は基子の腕の内でじんわりと温かく発熱していた。 「……もう、行くのね?後悔は、しないのね?」 「うん……」  灯里は母の巫女装束の上衣の折り目の中に、小さく折りたたまれた紙封筒があることに気づいた。  これは、灯里が昨夜したためた手紙だ。  母は灯里が出て行ってすぐに、灯里の部屋に入ったのだ。  そして、気づいた。恐らく、何かの予感があって。  で、あるならば。  母は、灯里の気持ちを既に知っていることになる。  知っていて、問うているのだ。  母はきっと、灯里が選んだ道なら止めない。
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