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悲しげだけれど、その顔はわずかに微笑んでいた。
別れを意識しつつ、娘の幸せを誰よりも願っている、そんな苦悩の顔だ。
灯里は母の気持ちを、意志を察した。
母は理解してくれている。
亜蓮を恐れていない。
私が愛する人なら、選んだ人なら託しても良いと思っている。
土蜘蛛だけれど。
ヒトではなく、異形の者だけれど。
尊重してくれている。
それが、温かい声と、無理した笑顔から伝わる。
涙がはらはらと溢れる。
ありがたくて、ありがたくて。
「………うん、お母さん。大丈夫。私、後悔なんかしない。自分の気持ちに正直に、この人についていくの」
灯里もまた、泣きながらも精一杯の笑顔を作った。
この涙が、悲しみ苦しみと誤解されないように。
亜蓮を愛することに迷いが無いことを伝えるために。
亜蓮の脚の一つが伸び、そっと灯里を引き寄せた。
腹の隣にぴったりと寄り添うように灯里は立つ。
母に向けて挨拶するように、亜蓮の顔が静かに俯く。
「………そう、じゃあ、いってらっしゃい。幸せになるのよ」
やわらかな笑みに応えて、灯里は似たように顔を緩ませた。
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