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最低な人
じき夏休みが終わる、というある日のこと。
去年おなじクラスで仲良くしていた女子三人で集まって、街の複合施設に足を運んだ。
ウィンドウショッピングをしたり、自然を模した区域をのんびり散歩したりする。ファミレスで昼食をとってから、喋りたりないよね、とカフェに移った。
あれこれ話して一息ついたとき、玲奈ちゃんが気遣いの声をかけた。
「璃子、ひょっとして夏バテしてる? 大丈夫?」
じつは私も気になっていた。いつも元気いっぱいな璃子ちゃんが、今日はひどく大人しい。みんなで遊ぶこと自体は楽しそうだけれど。
私たちの視線を受けて、彼女はあわてて首を左右に振った。
「元気だよ? ああ、普段のテンションではしゃいでないから? そういう日もあるよー。いつまでもコドモじゃないんだし」
「よく言うー。オトナぶったってボロが出るだけだよ。いつもの璃子と違うと、調子くるうじゃん」
「ひどーい。私はおしとやか女子を目指すことにしたの! それでめちゃくちゃ素敵な彼氏つくって、ラブラブするんだから!」
「なにそれ、無理あるう。いまの璃子がカワイイのに」
すると璃子ちゃんは笑ったものの、不意に表情をなくしてテーブルを見つめ、ポツリとつぶやいた。
「……でも、ダメだったもん」
「璃子?」
彼女が泣きそうな顔になる。そのまましばらく考え込んでいたけれど、諦めたように私たちを眺めた。
「せっかく楽しんでたのにごめんね。やっぱり隠し通せなかったなぁ」
「……なにかあったの?」
玲奈ちゃんが尋ねると、璃子ちゃんは小さくうなずいた。
「二年生になってから、違うクラスに好きな人ができたの。女子にモテるから、私なんて無理だなーって思ったんだけど、簡単には切り替えられないじゃない? いっそ告白して玉砕しよう、って決めたの」
「そうなんだ。それで?」
「呼び出して、気持ちを伝えて。あーあ、これで失恋確定、って諦めるつもりだったんだけど」
いったん言葉を切ってから、すこし遠い目をする。
「その人が、『お互いのことを知らないから、ためしに付き合ってみる?』って言ってくれて」
「えー、すごいじゃん! 一歩前進したわけだ?」
「私もビックリで、『ほんとに?』って聞いたら『うん』って笑ってくれた」
「じゃあ付き合ってるの? ぜんぜん知らなかった」
「『おためし』でどうなるか分からないから、周りには内緒にしたの。ごめんね、言ってなくて」
「それならしょうがないね。璃子に彼氏かぁ」
と言ってから、玲奈ちゃんは「あれ?」と首を傾げた。
「さっき、素敵な彼氏つくるとか言わなかった?」
「……うん。もう別れたから」
話を聞く私たちは、言葉を失った。璃子ちゃんがつらそうに唇を噛む。
「しばらく、誰にもバレないように付き合ってたんだけど……。あとで分かったの。その人、ほかの女子にもおなじこと言って、じつは何人も彼女いたんだ」
「えっ、そうなの……?」
「私、そのこと知って『別れる』って言ったの。でも、向こうはぜんぜん平気。モテるから、告白してくる子を丸め込んで、次の彼女にすればいいんだもん。そうやって、とっかえひっかえしてきたんだと思う」
「最低じゃない、それ」
璃子ちゃんはコクッとうなずいて、ため息をついた。
「普通に失恋したほうがよかったよ。まんまと騙されて、『付き合えるなんて幸せ』って浮かれてたのが、ほんとバカみたい。いまちょっと男性不信。でも、そうじゃない人もいると思うのね。だからいつか、嘘つかずに大事にしてくれる彼氏ができたらいいなぁ」
「大丈夫だよ、誠実な人ちゃんといるから。それですっごい幸せになって、つまらないやつのことなんて忘れちゃおう。どうでもいい過去にするのが、一番の仕返しだよ」
「だよね。引きずるのも悔しいし。二人に聞いてもらえてホッとした。ありがと。しばらくは女子同士で楽しくする。やっぱり私は前向きじゃなきゃね」
彼女はニコッと笑った。
無理してる、と思ったけれど、がんばる姿勢は応援したい。玲奈ちゃんと二人で励ました。璃子ちゃんなら、きっと素敵な彼氏ができるはずだ。
また遊びにいこうね、と約束したあと、玲奈ちゃんが腕組みして顔をしかめた。
「それにしても、そいつムカつく。これからも誰かを哀しませるよね。ぶっちゃけ締め上げたい」
璃子ちゃんが苦笑いする。
「私も、頬をひっぱたくぐらいはしておけばよかった。けど、そういう人の素行って治らないよ。もう関わりたくない」
「警察に逮捕されるわけじゃないもんなぁ。ヤバイ女性を引っかけて、痛い目に遭えばいいのに」
「いつか、つまずくんじゃないかな。放っておけばいいよ」
「しょうもないやつがいたもんね」
玲奈ちゃんが肩をすくめて、ふと尋ねた。
「誰か聞いていい?」
「え? うーんと……」
璃子ちゃんは迷ったが、そこでチラッと私を見た。
「仁美ちゃんと同じクラスだから、言っといたほうがいいかも」
「えっ、うちのクラスの男子なの?」
「うん。みんな知ってると思うけど、柿崎くん。彼なの」
玲奈ちゃんが驚きの声を上げた。
「あの王子さま系イケメン! 爽やかな顔して、裏ではそんなやつだったんだ! たしかにモテるもんねぇ。『二番目でいいから付き合って』って言う子もいそう」
「私も、正体が分かるまでは素敵な人だと信じてたし。深入りしちゃった子は、許せなくても離れられないかも」
「ほんと最低だわ」
玲奈ちゃんはハッとして、おそるおそる確認した。
「璃子は……深入りしてない?」
「大丈夫、そうなる前に別れたから。でもキスはちょっと。できれば、その過去は削除したい」
「やっぱり殴っておけばよかったんじゃない?」
「いまは顔も見たくないよ。だから自分磨きして、ちゃんと向き合ってくれる彼氏つくる!」
「うん、がんばれ! 好きな人できたら、協力するから」
「そのときはよろしくね」
ちょっとだけ元気な璃子ちゃんが戻ってきて、私たちはホッとした。
また愚痴りたくなったら話を聞くし、楽しい時間を過ごしたいなら一緒に遊ぶ。そうしているうちに、過去は遠ざかるだろう。
大切な友だちが、幸せになりますように。
そのあとは、みんなでワイワイ盛り上がり、たくさんの笑顔がこぼれた。
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