(4)女子高生の彼女

1/1
前へ
/29ページ
次へ

(4)女子高生の彼女

 冬休みは岡山の実家に帰省して家族と年末年始を過ごし、正月早々に東京へ戻った。 父親に持たされたお土産を持って朱里の家を訪ねると、御両親は留守で家にいたのは彼女だけだった。さすがに女の子一人だけの家に上がるのは気が引けてお土産を置いて帰ろうとすると、朱里に無理矢理引き留められ、リビングでコーヒーを御馳走になった。 「年末の模試で、理科大がA判定でしたよ!先生のお蔭で、数学も平均点以上で感謝してます」 「そうか、頑張ったんだね!でも、これから本番だから、油断せずに勉強しないとね」  家庭教師と教え子の極ありきたりな会話から、次第に恋愛談議に移っていた。 「先生は、彼女がいるんでしょ!どんなひと?かわいい?それとも美人?」 「前はいたけど、今はいないよ!朱里ちゃんは、彼氏がいるの?」 「今までいた事がないです!中高と女子校だし、朱里なんかを彼女にしたいと誰も思わないでしょ」 「そんな事ないよ!朱里ちゃんは、充分に魅力的だし、かわいい女の子だよ」 「ありがとう、先生はやさしいですね!朱里、先生の彼女に立候補しようかな」  そう言う彼女の恥じらいを含んだ表情は、純真さに満ちあふれていた。また思わせぶりな返事をして誤解させてはいけないと思い、 「いいけどさ、大学に入ったら俺なんかより素敵な彼氏ができるよ。なんせ理科大は男子が多いからね」と無難に答えたつもりだったが、彼女の機嫌を損ねたようで会話が途切れてしまった。  2月、朱里の理科大の合格発表に付き合わされた。ネットでも見られると進言したが、どうしても見に行きたいのだと聞かなかった。彼女は掲示板の番号を何度も確認し、合格の喜びを俺に抱きついて示した。制服姿の彼女にしがみつかれて周りの目が気になったが、素直に喜ぶ彼女をしっかりと抱き留めていた。久し振りに接触した女の子の身体の柔らかさに、感情が高まって理性を失いかけていた。 「今から、先生の家に行ってもいいですか?」と言われた時、少し前なら制止したはずが、分別もなく即座に承諾していた。彼女はあどけない笑顔を浮かべながら、俺の後をしっかりと着いてきた。  部屋に案内すると、彼女はやや緊張した表情に変わり、それを隠すように辺りを見回していた。 「いいな、一人暮らし。朱里もしてみたいな!この部屋に、女の人が来たことありますか?」という問いに、 「いや、ないよ!」という嘘が、ためらわずに俺の口から跳び出していた。かしこまっている彼女を座らせて温かい紅茶をふるまうと、落ち着きを取り戻したようだったが、動揺しているのは俺の方だった。狭い部屋でセーラー服の少女と向かい合って会話もはずまず、気まずい雰囲気になっていた。 「朱里ちゃん、セーラー服がよく似合ってるね!もう見られなくなるね」 沈黙を破ろうとふと出た言葉だったが、しまったと思った時には遅かった。 「ほんとに?うれしいな、先生にそう言われると。先生がお望みなら、いつでも着て見せますよ!この制服、結構人気があるんですよ、特におじ様たちにですけど。じろじろ見られたり、どこの制服って声を掛けられたり。朱里はそんなことしないけど、中には着いて行っちゃう子もいるみたい。パパ活?でも、一番(たち)が悪いのは、チャラそうな大学生。あっ、ごめんなさい、先生のことじゃないですから誤解しないでください」  話の糸口を見つけたようで、彼女は急に饒舌(じょうぜつ)になって話し出した。初めは内気でおとなしい子だと思っていたのは勘違いで、屈託なくおしゃべりをする子だと思い直した。自分や友人の話、大学生活への抱負や将来の夢、しまいには訊いてもいないのに女子校の醜態を暴露し始めた。俺はただ肯きながら聞き役に徹していたというと聞こえはいいが、彼女の薄い唇や可憐な表情に見入っていた。 「女子校って当たり前だけど、女子しかいないから、開けっ広げなんですよ。男の先生の前でスカートをあおってみたり、下ネタを大声でしゃべったり。恋愛話とか経験談とかを報告し合って、喜んでるの」 「ふーん、世間から隔絶された乙女の世界だと思っていたけど、異性との交遊も結構盛んなんだね」と女子高生の実態に興味を持った俺は、話に引き込まれていった。 「男子のいない無菌状態の中で思春期を過ごしているから、その反動もあると思います。逆に、男という生き物を知らないで育ったから、危ない目に遭った子もいるみたい」 「朱里ちゃんは、どうなの?男子や恋愛に興味はあるの?」 「それはお年頃ですから、恋愛に憧れはあります。でも、わたしは人見知りだから、男子と話すのが苦手なんです。で、先生にこれからいろいろと教えて欲しくて、先生なら心身ともに許せるなって」  最後の方ははっきりと聞き取れなかったが、彼女の謎めいた言葉に心が揺れた。
/29ページ

最初のコメントを投稿しよう!

17人が本棚に入れています
本棚に追加