(3)新たな旅立ち

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(3)新たな旅立ち

 大学卒業を間近に控えていた汐梨は、中堅の出版社への就職も決まり、大学生活を区切りにして新たな一歩を踏み出す事にした。正月には久し振りに花恋と会い、これまでの性遍歴や過ちを話せる範囲で告白した。 「告解みたいだね!でもさ、汐梨だけが悪い訳じゃないよ。その先輩が浮気してたんだし、汐梨だって被害者だよ。わたしが言うのも変だけど、女だって性欲はあるし快楽を求めてもおかしくないよ!」 「さすが先生、話して気持ちが楽になった。養護教員は、生徒のカウンセリングもするんでしょ」 「まあね、専門じゃないけど、一応勉強した。高校生だと、恋愛や性の悩みが多いみたい」  花恋は都下の高校に採用が決まり、母親と同じ養護教員として働く事になっていた。 「花恋は、どうなの?あの名古屋で同棲してた彼とは、どうなったの?」 「そんなの、とっくに別れたよ!あいつ、DVでさ。わたしって、男運がないんだよね。汐梨は?」 「2年間、男絶ちをした!セックスに(おぼ)れていた頃が懐かしいし、今はしたいとも思わない。けど、堀君とはメールでやり取りしてて、それが心の支えになってた」と汐梨がぽつんと打ち明けると、 「そうなの?会ったりしてないの?ある意味でプラトニックだね、すごいわ」と花恋に驚かれた。 汐梨は大学に親友と呼べる者もなく、堀陽之介とのメールが心の()り所だった。近況報告程度の他愛のないメールで、会ったり電話で話したりする事もなく、それが返って汐梨には救いだった。 汐梨が堀陽之介と再会したのは、花恋に「会うべきだ」と進言されたからだった。卒業式も終えた3月の末、汐梨は堀に遠慮がちに「会わないか」とメールすると、彼からは快い答えが返ってきた。2年前に会った新宿で待ち合わせ、前と同じ高層ビルの一角にあるカフェに入った。 「司法試験に現役合格って、堀君はすごいね!おめでとう!尊敬しちゃうよ」 「ありがとう!でもこれから司法修習生だから、まだまだだよ。雨宮さんも、就職おめでとう!」  二人はお互いを祝福し合い、2年振りの再会とは思えないほど打ち解け、(はた)から見たら微笑(ほほえ)ましいカップルのようだった。カフェで1時間ほど話し、二人で食事をする事になった。堀は女の子と食事をした経験はなく、汐梨も新宿には(うと)くて中々店が決まらず、ようやく伊勢丹近くのイタリアンレストランに落ち着いた。 「堀君の大学にも、女子学生はいるんでしょ。好きな子とか、いなかったの?」  お互いの大学生活や卒業後の抱負などを語り合う中で、汐梨は何気なく探りを入れた。 「女子でも男子でもみんなライバルだから、好きとか嫌いとかあんまり考えた事ないな。いいなと思う子はいたけど、恋愛をするために大学に入った訳ではないから」 「自分を抑制する力があるんだね。私なんか周りに踊らされてばかりで、全然駄目だよ! 」  汐梨は自分の過去と堀を比べ、自分とは違う世界にいる人だと思った。しかし、堀は違った。 「そうやって、脚下(きゃっか)照顧(しょうこ)できるから偉いよ!雨宮さんの恋愛経験は、どうなの?」 汐梨は「脚下照顧」の意味が解らずに訊くと、「自分の良くない点を改めようとすること」だと教えてもらった。そういう意味では、2年間の自省が充分過ぎるくらいだと得心した。 「付き合った人はいたけど、長続きはしなかったな。だから、恋愛とは違うと思う」  汐梨は高校、大学時代の3人の男性経験を思い浮かべていたが、堀はその言葉を良い意味に解釈していた。 「良かった!雨宮さんは中学の頃と全然変わってなくて、僕が思ってた通りの女性だ」 「え?それって、どういう意味?わたしは、堀君が思っているような女じゃないと思うよ」  二人の会話はかみ合わず、その日は新宿駅で別れた。  その後、汐梨は就職して一人暮らしをし、堀は検察官として島根に赴いた。二人は離ればなれになっても連絡を取り合い、5年の歳月を経て堀の静岡への転任を機に結婚した。
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