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プロローグ
『昨夜突如として消えた北斗七星について──』
一人の男が執務室に置かれたブラウン管テレビのチャンネルを片っ端らから回す。
だが、どこのチャンネルも前日突如起きた天体の大事件しか取り上げていない。
予兆も無しに突如消えた星列。この前代未聞の事変に専門家だけでなく、地球全体が大パニックに陥っていた。
「(あー、やっぱりというか何というか。これ、起きちゃったかあ)」
しかしあたかもこの出来事を予兆していた──いや、見えていた男は至って冷静だった。
「(だがまあ、まさか今だとはなあ。時期まで見れないのは不便だよなあ、この能力)」
ポチポチとリモコンのボタンをランダムに押していくも、どこもかしこもこの大ニュースばかり。ニュース番組はもちろん、ワイドショーまでもがこのネタで持ち切りだった。通常この時間はバラエティやドラマを放送している局までもが内容を変更して消えた北斗七星についてばかり。唯一違う内容を放送していたのは子供向けの教育番組だけだった。
「(あーあー、いつも楽しみにしてた番組すらやってないや。つまらんなあ)」
流石にこの男はもう教育番組を見て楽しめる年齢ではない。我が子が膝に座っていれば一緒に見ていたかもしれないが、生憎息子は小学校で勉強中だし、目に入れても痛くない娘はまだ産まれたばかり。娘は今頃母の腕の中で栄養補給中だろう。
男はテレビの電源を切って、深呼吸を一つ。息を吐ききって、ブラウン管テレビから目の前の執務机へ注目を移した。
移した先には、山積みにされた紙束。執務机の上でその存在を激しく主張していた。そのあまりの量に男の目つきは段々と死んでいく。
「(いつもはこんなに無いのになあ……。これも全部あれのせいか……恨むぞコノヤロー)」
山ほどに積まれた紙束は全て、テレビで持ち切りの消えた北斗七星についての書類。
手をつけたくない思いが強すぎて、男は盛大にため息を吐き出していた。ついでに後頭部をガシガシと乱暴に搔いている。
「(……まあでも、起きてしまってはもう逃げられないよなあ)」
激しく動いていた手をゆっくりと止めて、書類の束をこれでもかと見つめる。見つめたところで量が減る訳ではないが、この男は何やら考え事をしているようだった。
じっくりと気が済むまで見つめる。環境音以外の音は流れて来なかった。
──幾ばくかの時が経っただろうか。男は満足がいくまで見つめたらしい。あるいは彼の中で一つの結論を導き出せたのかもしれない。
「まっ、僕はデスクワークよりも現場仕事の方が得意だし。気分転換に外へ出ますかね」
誰に聞いてもらう訳でもない独り言を零しながら、男はおもむろに立ち上がる。
「……さてと、自分の最期を迎える準備を始めますか」
男は一室の戸へと足を進め、そのまま退室していった。
男の名は七星宮 揺光。
「日本」と言う国を変わりゆく地球から守った、表舞台に記録されなかった男。
──その何とも頼もしい背中は不思議と眩しかった。
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