*18 早朝のファミレスでの告白と友情

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*18 早朝のファミレスでの告白と友情

 賢さんと聡太さんのバンドは『コシーム』といって、スペイン語で音楽家の『ムーシコ』をさかさま読みしているらしい。由来は知らないけれど。  コシームはいわゆるポップスバンドらしく、バンドメンバー五人の音楽の好みが五人五様だとかで、そのたびごとに雰囲気の変わる曲を出してくるという評価をよくもらうんだとか。  まあ、それが良いように作用しているかどうかは……賢さん達がバイトを兼業しながらサポートミュージシャン業をやっていることからも推して知るべしというところか。  夜の九時に始まったイベントに、俺と坂神は九時半に入場した。コシームは順番で言うと十組中真ん中の五組目あたりだ。  コシームの順番が来るまで俺らは会場の隅っこの方でフリードリンクのコーラやらオレンジジュースやらを飲んでいたんだけれど、コシームが出てくる頃にはそれはビールに切り替わっていた。  俺は何度かコシームのライブには行ったことがあって、曲も何曲か知っている。なので、知っている曲が始まると、酒の勢いも手伝って坂神と一緒になってステージ近くで踊っていた。  途中、はしゃいでいる俺らに気づいた賢さんが、「なにやってんだ」って苦笑しているのが見えて、余計に俺らは盛り上がった。  賢さんはベースを担当していて、聡太さんはギターを担当している。特に聡太さんはギターソロを色んな曲で担当することが多くて、すごくカッコいい。  だから黄色い声援も結構上がるんだけど……まあ、聡太さんには賢さんがいるから、ちょっと複雑そうにはしている。まあ、もちろんわかり易く(おもて)に出したりはしていないけれど。  バンドやっていくのも色々大変なんだろうなぁ、と思いながら、コシームの演奏を聞いていると、坂神が、酒臭い息を吐きながらこう言った。 「コシーム、いいなぁ。俺、好き」 「おお、じゃあ、物販でCD買ってよ」 「買おうかなぁ。今日誘ってくれたお礼に」 「よろしく頼むわ」 「てかさ、」 「うん?」 「お前がまあまあ元気そうで安心したわ」  坂神が、酒でとろけた目でそんなことを呟いて、そして空になったコップをバーカウンターに返しに行った。  俺は、どうも坂神までも心配させてしまうほどに、気落ちしていたらしい。  坂神にはハルが自分の家に戻ったことを一応話してはいたけれど、まさか拾った迷子だったとはまでは言っていなかったから、たかが預かっていた子どもが帰ったくらいで気落ちしすぎじゃないかと思われていたんだろうな。  ずいぶん、俺は周りに迷惑をかけてしまっていたみたいだ。今まで、こんなことなかったはずなのに。  ――いい子でいようとしていたのは、俺も同じなんだよな……だから、俺は、ハルが気になっていて、そして、愛しいとさえ思っていたのかもしれない。  俺を俺らしくさせてくれて、無条件で俺を必要として愛してくれたハル。  悔やんでももう帰らない日々は、幻のように煌めいていたけれど、たしかにあったのだ。俺の手の中に、胸の中に、ハルの中にも。  それらがいま、小さな彼の中でもくすぶることなく煌めいていたらいい――そう、祈るように願いながら、俺は何杯目になるかわからないビールをあおった。  ライブイベントは朝の四時くらいまでやっていて、俺らは最後の方は会場の隅のベンチに座ってうとうとしていた。 「おい、もう閉めるってよ」 「んぇ? あ、すんませ……おい、坂神、起きろよ」  撤収作業中の賢さんに起こされた俺は、慌てて隣で舟を漕いでいる坂神の肩を揺する。  ライブ会場にはほどほどに人が残っていて、ゆったりと帰り支度をし始めている。  賢さんと聡太さんはまだ機材の搬出とかがあるからということで、俺らだけ先に帰ることにした。 「んぁー……腹減ったなぁ」 「ファミレスとか行く?」 「駅の向こうにあったよな」  ライブハウスのある繁華街の通りはまだ薄暗くて冷たい風が吹いていて寒かった。  人いきれのライブハウスから出てきた俺らは、その温度差に震えながら、駅を挟んで反対側で開いている二十四時間営業のファミレスを目指した。  ファミレスはヘンな時間帯だからか、終電逃したような学生とか何の職業かよくわかんない人とかが点々と座っている。  店のコンセントでスマホを充電しながら頬杖をついてぼんやりしていると、ふと、坂神が、「お前さぁ、」と、不意に口を開く。 「なんだよ」 「お前さぁ、なんか、最近フラれたりした?」 「は? なんで。俺、彼女とかいねぇんだけど」 「好きな人も?」  好きな人……その言葉に、俺はふと、考える。好きな人……そういうもので言えば、いる……いや、いたってことになるのか? と。そして脳裏によみがえる、あの幼い笑顔。  でもそれがまさか四歳の男の子かもしれないだなんて流石に言えないから、「あー……まあ……」とだけ曖昧に濁してうなずく。  坂神は、俺の態度に、やっぱりな、と言いたげにうなずいていて、「そうじゃねーかと思ったんだわ」とか言いやがる。  俺のことをなんでも知っているような顔をしてそんな風に早合点されたのが軽く苛立ったんだけれど、だからって馬鹿正直に話す気にもなれなかった。  黙り込んでしまった俺に、坂神は勝手にストーリーを作り上げて話をしていく。歳の差のある相手だったんだろう、とか、向こうにも事情があるんだよ、とか好きかって言いやがって。  好き勝手言っている割に大筋はなんとなく事実に即している気もしなくもなかったのがちょっとおかしかったんだけれど。 「なにお前そんな見てたみたいに言えんの?」  俺が苦笑交じりに言うと、坂神は急に真顔になって、「だって見てたからな」と、言う。  その言葉に俺がぎょっとして軽く引いているのに、坂神は構わず続ける。 「潤、お前さ……あの子のこと、好きだっただろ」 「あの子? ……誰のことだよ」 「誰って、あの、ハルくんだよ」  まさか坂神の口から出てくると思わなかった人物の名前に、俺は飲みかけていたコーヒーを吹き出してしまった。  その上、「な、何言ってんだよお前……」なんて、動揺したのが丸出しのリアクションしてしまったら、それはもうその通りだと言っているようなものなのに。  吹き出したコーヒーを紙ナプキンで拭きながら俯く俺を、坂神は黙って見ていた。 「……何、の話だよ……あいつ、男だよ? しかも四歳だし……そんなの犯罪じゃ……」 「犯罪になるようなことしなきゃいいんだろ」 「なんでだよ。つーか、別に俺は……」 「お前さ、潤。ハルくんが来てから、すげぇ変わったよ」 「……へ?」  坂神の言葉に俯いていた俺が顔をあげると、坂神は頬杖をついたまま眠たげな目で俺を見てゆるく笑っていた。 「お前ってさ、なんかこう……友達なのに、どっか遠慮してるって言うか、本心見せてくれないとこあってさ。壁みたいなのあるなーって思ってたんだよ」 「それと、ハルがどういう関係があるんだよ……」 「だから、変わったんだよ、お前。ハルくんが来てから……って、思えるのはお前んちに行ってから、あの子預かってるって聞いたからなんだけどさ、潤、お前、去年より全然笑うようになってるな、って思って」 「……そう、かな?」 「うん。笑ってる感じの雰囲気もさ、愛想笑いみたいじゃなくなってて、良い感じだなって思ってた」 「ふぅーん……」  思いがけない分析をされていたのが照れ臭くて再び俺は俯いていると、坂神は、「いま思えばさ、ああいうのって、恋し始めた時の顔だよなぁって思うんだよな」なんて恥ずかしげもなく言うから、再び俺はコーヒーを吹く。 「きったねぇなぁ、潤」 「……坂神、お前よくそんなこと言えるな……恥ずかしくない?」 「なんでだよ。好きな人がいるっていいじゃんかよ」 「……四歳のチビでも?」 「犯罪になるようなことしなきゃいいんだって。……したいのか? 潤」 「しねーよ!!」  思わず席から立ち上がって叫んでしまって、意図せず店中の視線を集めてしまった。  すんません……と、言いながらすごすごと席について、小声で、「するわけねーだろ!」と、俺が言うと、坂神は、「じゃあいいじゃん」と、笑って、「だからさ、俺は、お前がハルくんを好きなんだなぁって思ったわけよ」と、改めて言ってくる。 「それは、あれだろ? お兄ちゃん的な、とか、弟的な、とか」 「んー……そう俺も最初は思ってたんだよ。仲が良い兄弟みたいだな、って」 「……でも、そうには見えなかったんだ? なんかヘンだな、って?」 「ヘンって言うか、まあ、うん……」  坂神はあれから何度かメゾンに遊びに来ていて、そのたびにハルもよく遊んでもらっていたんだけれど、その時の様子を見ていて、俺とハルの間柄が、いわゆる兄弟のようなものと違うと坂神は感じたらしい。  たしかにハルは俺にやたら抱き着いてきていたし、軽いけれどメゾンのみんなだけならキスしてくることも珍しくなかった。  メゾンにはゲイカップルの賢さんと聡太さんもいるから、割に同性愛的なものに慣れている環境ではあるんだろう。  だから、大ちゃんもユキナさんも、俺とハルが、いわゆるいちゃいちゃと戯れていても何も言わなかったのかもしれない。  でもそれが、坂神のような部外者の眼にも当たり前に映っていたとは限らないのに……俺は、すっかり忘れていたのを今さらに気付かされる。 「……キモい、よな」  言われるであろう言葉を先に吐き出して、嫌われる衝撃を少しでも和らげようなんて足掻いてみる。  折角できた、初めての友達らしい友だちだったのに、失ってしまうかもしれない……そんな想いが過ぎって、膝の上で拳を握りしめた。顔もあげられない。  俯いたまま顔をあげられないでいたら、「なんで?」という声がした。  心底、お前の言っている意味がわからない、という想いのこもった声に顔を恐る恐るあげると、頬杖をついて顔をしかめている坂神がいた。 「なんで? なんでそうなんの?」 「え……だって……男、好きなんだよ、俺……それも、四歳の……」 「俺、ひと言もキモい、なんて言ってねーんだけど。ただ、びっくりはしたけどさ」 「あ、ああ、うん……」 「お前がハルくんになにか犯罪みたいなことしたって言うなら、俺は心底お前を軽蔑するけど……そういうこと、潤はしないだろ?」 「うん、しない。……でも、」 「じゃあ、いいじゃん」  けろりとそんなことを言う坂神に俺が狼狽えるように、「え、でもさ……歳の差が……」と、言うと、「そんなの、ハルくんが十九歳にでもなれば問題ないだろ。それまで我慢しろよ」と眉をひそめる。 「なんだその、若紫みたいなの」  坂神の突飛な発想に思わず俺が苦笑すると、坂神も、「それもそうだな」と、笑う。 「でもさ、マジな話、潤。お前、ハルくん来てから変わったよ。すげぇ、付き合いやすくなった。ああ、こんないい奴だったんだなぁって、俺、最近やっとわかったもん。ハルくんのおかげだったんだな」 「そう、なのかな……」 「だからさ、突然帰っちゃったら、凹むよ。当たり前だよ、好きなんだから」  ツラいよな、と、坂神が呟いた声がやけに沁みて、俺は気付けばボロボロと泣いていた。  泣き出した俺の頭を、坂神がそっと撫でてくれて、それがとても心地よかった。 「たくさん泣け、潤。必ず、またハルくんには会えるから」  根拠なんてない言葉なのに、坂神の言葉が妙に信ぴょう性があるように思えて、俺は泣きながら強くうなずく。本当に、そうなりそうな気がして。  早朝のファミレスで、俺はようやく本当の気持ちをさらけ出せたことに、泣きながらホッとしていた。
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