ガサリとビニール袋の音を立てて缶を一本取り出す。
大きく溜め息をついて上を見れば、咲き始めた桜がライトの光で夜空に浮かび上がっていた。
「あー……もう春かぁ」
誰も居ない深夜の公園のベンチで呟いた言葉は、ビール缶を開ける音と重なって自分にもぼんやりとしか聞こえない。
桜を美しいと感じもしない空っぽの心に、アルコールを流し込む。
学生時代は楽しく飲んだそれも、全く美味いと感じなかった。
「花見酒かい? 風流だね」
「ほぁ?」
突然声をかけられて寝ぼけたような間抜けな声が出た。
声のした方を見ると、少し年上と思われる男性が微笑んで立っている。
残業明けでヨレた俺のモノとは違い、ピシッと折り目が入ったスーツを着てるのが暗くても分かる。
「帰る気力もなくて、こんなところで呑んでるだけです」
「若いのに」
「ねー、若くて体力があることしか取り柄ねーのに」
隣に座る男性から目を逸らし、俺はグイッと缶を傾けて喉を鳴らす。
「なんか、上司に毎日怒鳴られてる内に元気なくなってきた」
男性の優しげな雰囲気のせいだろうか。
本当は一人でやけ酒するつもりだったのに、ついつい、弱音を言ってしまった。
もしかしたら、俺は誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。
会社では優しい先輩たちに心配をかけたくなくて、ずっと笑っているから。
男性は、黙って頭を撫でてくれる。
鼻の頭がジンとして、目を閉じた。
「……疲れたー……」
「じゃあ、疲れが取れるおまじないをしてあげよう」
「はは。お願いしまーす」
アドバイスをするでもなく慰めるでもない提案に笑ってしまう。
うなずいたら、手を取って指を絡められた。
「目を閉じて」
「催眠術か何か?」
手から伝わってくる温もりに「あれ?」とは感じたのだが。
メンタルがぼろぼろの俺は、見ず知らずの人間の愚痴を聞いてくれるこの人は良い人なんだと思って言う通りにした。
「……っ!」
唇に、しっとりとした温もりを感じる。
驚いて目を開ける。
確実に、キスをされている。
「な、に……!」
逃れようと肩を押したが、力が強くて動かない。
柔らかく唇を喰まれて、熱い吐息が混ざり合う。
「ん、ぅ……」
あまりにも口付けが心地よくて、疲れや眠気のせいではなく頭がボーッとしてしまう。
どのくらいそうしていたのだろう。
唇が解放された時には、俺はその人の腕の中で荒い呼吸を繰り返していた。
顔が熱い。
しかし、すぐに正気に戻って今度こそ勢いよく体を離す。
「急に何すんだよ!」
「元気になっただろう?」
「いやいやいや……!」
確かに大きな声を出す力は出てきたけれど。
これを元気になったと認めてたまるか。
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