とんでもない変質者に出会ってしまった。
ようやく逃げなければならないと自覚した俺が立ちあがろうとすると、ネクタイを引っ張られる。
身の危険に固まってしまっていると、手際よく抜き取られた。
「今度はなんだ!?」
「交換しよう」
「嫌だけど!?」
「春には丁度いい桜色だろう。気分を変えると良いことがあるかもしれない」
ライトに仄かに照らされる男の手にあるのは、淡いピンク色のネクタイだった。
俺のはなんの変哲もない、青と紺のストライプのネクタイ。
それが目の前の変な男の首に巻かれると、なんだかブランド品のように見えた。
「本当はホテルにでも誘いたいがもう遅い。帰ってしっかり寝なさい」
「帰ります帰ります! 永遠にさようなら!!」
俺は勢いよく立ち上がって、ようやく変質者に背を向けることが出来た。
妙に品の良い変態だった。
おかげで騙されたが、キスだけで済んだのだからマシだったと思うことにしよう。
そろそろ桜が本番の時期なのに勿体無いが、二度とこんな公園に来るものか。
そう誓いながらも。
早鐘のように鳴る心臓を抑える手には、桜色のネクタイを握りしめていた。
翌日。
入社から一年間、俺のことを妙に目の敵にしていた上司が突然異動になった。
隣の席の先輩に、良かったねとこっそり耳打ちされた。
俺はトイレの個室でガッツポーズをとった。
そして、桜が満開の四月。
俺は膝から崩れ落ちることになる。
「今日から営業部配属になった榛名です」
柔らかな笑顔で立っていた男は、あの夜の変質者だったのだ。
「桜色のネクタイの君、ちょっと聞きたいことがあるんだ。個室へ来てもらって良いかな」
こちらを見て、すぐに名指しされた俺の絶望感たるや。
「また、会えたな」
二人きりになった途端に、形の良い唇から紡がれた言葉。
実は、少し期待もあったりなかったり。
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