郵便屋さんの奇跡

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郵便屋さんの奇跡

 その日は、暗く冷たい雨の日だった。    会社の仕事が終わり、誰もいない俺のねぐらに帰るのに、カッパを着ながらトロトロと自転車をこいでいた。  嗚呼、また独りのねぐらへ帰るのか。  ここしか帰る場所のない俺にとって、低温注意報の出ている、今日の雨はあまりにも冷たく、ひとけのない夜道を帰る自分が情けなくなり、  会社の仕事が辛かったのもあるが、何か全てを投げ出したくなる衝動にかられていた。  そこで家に帰り、いつものようにポストをみたら、一通の書簡が入っていた。  尊敬する、佐山先輩のいつもの書簡だ。    俺はこの書簡に何回助けられたことか。  本当に嬉しくなり、いつも気を遣って書簡をくれる先輩に感謝した。  と、人の人情に触れ、心温まる思いによく見てみると、  ビックリ!  え?  雨の中、郵便物がビニール袋に入り、セロハンテープで綺麗に梱包されていたのだ。  自分も半世紀近く生きてきたが、こんな経験初めてで、郵便局でこんなサービス始めたか?  と、かなり驚いた。  いや、違う。  これは完全に俺と佐山先輩との、友情の書簡がもう13年も続き、大雨の中郵便局の人がわかっていて、 「粋な計らい」 を、我々に「ビニール袋」という形でしてくれたのだ。  俺は、辛いことが会社であったので、涙が出そうなくらい嬉しく、 「嗚呼、見ていてくれる人は、見ているな」 と、郵便局の人と天に感謝した。  人は、ささいなことでも、辛い時に優しくされたことは、一生忘れないものである。  一通の書簡のビニールがけなんて、普通の人にとって大したことないだろうが、  俺の人生にとって、こういうささやかな気遣いは、心温まる涙が出るほどのプレゼントなのだ。  人の心の温かさに飢えている俺にとって、雨は一つのちっぽけなドラマをくれた。  「嗚呼、明日からまた会社か」  独りの長い俺にとって、ちっぽけなドラマは、あまりにも大きな賜物をくれた。  次の日は、爽やかな風が吹いていた。    初夏の嬉しい一コマであった。  Fin
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