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なるべく証拠は残さないようにしたつもりだ。
果物ナイフを手に取る時は手袋をしたし、田代に連絡を取ったりもしていない。
田代の家がある住宅地は防犯カメラが少なく、警戒すべきはドライブレコーダーくらいだろう。
だから、キャップを目深にかぶり、体型がわかりづらい大き目のパーカーを着た。
どこまで役に立つかもわからないが、身長がわかりづらいようにシークレットブーツもわざわざ履いた。
いつかは美和に辿り着かれるだろうが、時間は稼げるはずだ。
遠回りをして自宅へ戻った。
警察が来て、両親に迷惑をかけるのは嫌だ。
あれだけ用意した割に、ひとり暮らし用のアパートを借りておくのは忘れていた。
内覧の予約をいくつかして、布団に入る。
復讐は遂げた。
大切な姉の命を奪った田代は、もうこの世にいない。
にも関わらず、気持ちは晴れなかった。
夢の中で、田代を手にかける瞬間の記憶が何度も繰り返された。
朝起きて、何故気持ちが晴れなかったのか、美和は気づいた。
怒りに駆られてあっさり命を奪ってしまったからだ。
「美知はあれだけ苦しんだのに」
田代は苦しむこともなく息絶えただろう。
その瞬間すら、見ようとしなかった。
もっと苦しめればよかった。
美知の何倍も何十倍も、田代は苦しむべきだったのに。
◇◆◇◆
それから数ヶ月。
田代の死がテレビで報じられることも、両親から彼の近況を聞くこともなかった。
田代を手にかけた後、内覧の予約をした部屋のうちの1件で、美和はひとり暮らしをしている。
毎朝、ニュースを確認するのは気が付けば日課になっていた。
『続いてのニュースです。××市の高級住宅街で、住人の田代文人さんの遺体が見つかりました。』
田代の遺体が見つかった!
美和はテレビにくぎ付けになった。
田代が果物ナイフを手に持っていたことから、自殺の可能性が言及されていた。
ただ、遺書が見つからないことから事件の可能性も視野に入れて捜査するということだ。
これから、どのくらいで美和の関与が発覚するだろうか。
逮捕されることは覚悟している。自分が犯した罪だ。
田代が清算したように、いずれ美和もそうするべき時が来る。
それを分かった上で、美和は修羅の道に足を踏み入れたのだ。
その時、スマホがヴ―と振動した。
通知を見ようとした途端、部屋の外で足音が聞こえてきた。
ひとりではないが、大勢でもない足音だ。2人分だろうか。
そう思っていると、
ピンポーン
美和の部屋のインターホンが鳴り響いた。
≪完≫
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