1 encounter

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「なー。瑠璃のほうにしてくれっていったじゃねーかよ」  男は不平を言いながらも、男は行為を再開した。  殴られた痛みで“呪い”が解けかけているのか、揺さぶられるたび快感より痛みが増していく。それでも、翡翠は血が滲むほどに唇を噛んで、声を殺した。 「なんで、翡翠なんだよ」  翡翠を乱暴に犯しながら、男はなおも続ける。 「瑠璃は2倍だ。それに、予約でいっぱいなんでな」  革張りの黒いソファに座って、ずっと黙って二人の行為を見ていた男が低く呟いた。翡翠を犯している男への返答らしい。 「は? 20かよ」  苛立ち紛れなのか、男は乱暴に翡翠を貪った。最早それは、暴力としか言いようがない。さっきまでは、反応を返していた翡翠も痛みばかりが増して、堪える声は呻きに近くなっていった。 「つか。こいつが“翡翠”? どこがだよ」  薄暗い電灯の下では黒にしか見えない翡翠の髪を鷲掴みにして、まるで嘲るように男は笑った。少しだけ緑がかった長い黒髪に、同じ色の瞳。つくりの小さな目鼻立ちで、一言で言うと地味。街で見かけても記憶に残るようなことはない。醜いというわけではないけれど、こんなところで、売りをするような目を引く容姿をしてはいないし、ましてや翡翠と言う名に相応しいとは本人だって思ってはいない。翡翠はごく普通の目立たない一般男性だった。 「別に性欲処理のために来てるんじゃないだろう。“魔光”の質は最上級だ。美人とヤりたいだけなら、ほかを当たれ」  もう一人の男は、ゆったりソファに座って、足を組んで、じっと二人を見ている。黒髪に黒い瞳。鍛え上げられた腕には一面に文字が浮かんでいる。しかし、これは刺青ではなく、呪いなのだと、翡翠は男から聞いたことがあった。 「あと、15分だ」  ちら、と腕時計を見てから、ソファの男が言う。  男は、久米木と言った。四十代半ばで、背が高く、鍛えられて盛り上がった筋肉を持つ、屈強という言葉がぴったりとくるような男だ。彼は、まるで闇の深淵のような暗い瞳を持っていた。  久米木は、翡翠が売られるとき、必ずそうして、その暗い瞳で買い手が翡翠を思うさま犯すところをじっと見ていた。どんな男が翡翠を抱いても、暴力をふるっても、ただ、じっと、感情の全くこもらない瞳で、そのさまを見ていたのだ。 「それと…これ以上“それ”に傷をつけるな。売りものにならなくなったら、休んだ分の代金は払ってもらうぞ」  その瞳に僅かにこもった怒りの感情に、男は観念した。久米木という男が、この店でどんな地位にあるのかは、客の男の顔色が物語っている。彼に目をつけられて、ここから無事で帰ることはできないのだろう。 「わかったよ」  そういって、男はわずかに振り返っていた久米木から、翡翠の身体に視線を移した。
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