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「かえり……たい」
自分の人生を振り返って、いいことなんて一つもなかったように思う。
両親のことは覚えていない。『失踪した』と、あとになって聞いたのだが、理由も分からないし、顔すら覚えてはいない。両親と離れた時にはすでに5歳だったから、全く記憶にないというよりも、何らかの理由で記憶を失っているのだと思う。けれど、裏付けもないし、両親を探す手がかりもない。
とにかく、気づいた時には翡翠は一人だった。
だから、翡翠にはほかに選択肢などなかったのだ。
幸いにも、と言っていいのかは今となっては分からない。公共の児童福祉施設に入居していた7歳のころ、小学校で行われる魔光検診で『中程度』の魔光と診断されたため、企業の孤児救済システムに引っかかった。そのまま企業の孤児収容施設に引き取られて、そこでスレイヤーになるための英才教育を受けさせられた。
スレイヤーとは、魔光を持つものの中でも、異形への対処を生業とするものたちのことだった。この国の子供であれば一度はスレイヤーになることを夢見る。子供ならずも、憧れと尊敬の的だ。
その施設で行われていた教育カリキュラムは、今思えば、常軌を逸していたと思う。それでも、翡翠も、この施設にほかにいた子供たちも、逃げ出すことなんてできなかった。逃げ出しても、一人で生きることなんてできないことを知っていた。彼らがこんな日常から逃げ出すにはスレイヤーになるしかなかったのだ。
そんな苦しみを味わってまでなったスレイヤーだったけれど、所詮は孤児収容施設を経営していた企業の子飼いになるだけで、何も変わりはしなかった。朝から晩まで魔光をすり減らすほど、こき使われて、家に帰って寝るだけの毎日。
仕事だけでなく、私生活でもうまくいくことなんて一つもなかった。中学を卒業するころにはすでに、女性に興味を持てないということには気づいていたけれど、もちろん、男に告白する勇気なんてなかった。
自分の容姿については自覚している。どこをどう表現しても地味。地味以外のどんな形容詞も思いつかない。何度かまともな恋愛をしたいと告白してみたりもしたけれど、結局うまくなんて行かなかった。二股どころか四股されたり、セフレどころかオナホ扱いされたり、貢がされて蒸発されたり。正直、今と全く変わらないような扱いだって受けていた。
だから、帰りたいと、思える場所すら翡翠にはなかった。
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