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秋の文化祭が終わり、年の瀬が近くなり、僕は、文芸部室からイツキが居なくなった現実をようやく受け入れることができつつあった。
イツキはあの夏の日を境に、ほとんど学校に顔を出すことはなくなった。
そしてイツキは、文化祭直前に、この世を去った。
彼は、この高校に入学する直前の時点で、血液のがんに侵されていることが判明していたのだ。
窓の外では雪が降り始めた。どうりで寒いわけだ。
僕は部室のストーブを消し、帰り支度を始めた。
その時、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「…部長?」
部長が、真剣な面持ちで部屋に入ってきた。
「ああ、君一人か、丁度よかった…。これを一日でも早くミチルに渡したいなと思ったんだよ」
部長はそう言って、A4の紙の束を僕に手渡した。
「部長、これって…」
「イツキの遺作だよ」
その言葉に胸が詰まった。
イツキが作ると言っていたあの作品のことを、忘れようはずがなかった。
それでも僕は、あれはきっと永遠に未完成のままなのだろう、と自分に言い聞かせ、必死で忘れようとしていた。
「あいつのパソコンの中にあったんだ。厳密には未完のようだけども、一応、結末まで書かれてるよ」
僕は手元の原稿を、思いきり早足で目を通した。
右から左にゆっくり読む余裕なんてなかった。
そして、原稿の十数枚目まで来たとき
約束通り、彼は、僕の描いたギルドに、会いに来ていた。
イツキの描く主人公たち一行が、僕の考えた登場人物たちと談笑している。
お互い、自分たちが歩んだ旅路を語り、自分たちの目指すゴールを、理想の世界を、生き生きと話している。
イツキの作品の主人公はこう言っている。
「いやー、君たちと話していると本当に楽しいよ。これからどうなるか分からない、明日、ひょっとしたらモンスターにやられて倒れてしまうかもしれない、そんな僕たちだけれど、君たちと居ると、何だか、前を向いて歩いていけるような気がする。今日のこの出会いを、僕は心から感謝するよ」
おい、やめてくれよ、イツキ。
こんな形の「遺言」があって、たまるかよ…。
「原稿の最後、読んでみてくれ」
今にも涙が零れそうになっている僕に、部長が語りかけた。
最後は物語の「あとがき」となっていた。
「正直だいぶ体がしんどいですが、何とか作品にケリがついたことに安堵しつつ、病室でこれを書いています」という文章で始まっていた。
そして、少しでも多くの人の記憶に残って欲しくて、柄にもなく奇抜な格好で登校を続けていたこと、この作品には誤字脱字が多くあるだろうが、もうそれを確認する気力もないことを詫びる旨のことが書かれてあった。
そのあとがきの最後は、こう締め括られていた。
「僕の友人、ミチルへ。約束通り、君のギルドにやって来ました。いつか、今度は君の方からこのギルドに来てください。語り合える日を、いつまでもここで待っています」
僕は天を仰いだ。
二度と会えないはずの友人の声が、今ははっきりと聞こえてくる。僕は今こうして、またイツキに会えた。
君の言ったとおりだよイツキ。
確かに君は生き続けるだろう。
そして、これからも何度も出会うだろう。
君が小説に託した思いを、そして、小説を書くことの素晴らしさを、僕が忘れることがない限り──。
「いい友人に会えてよかったな、ミチル」
「はい、部長、本当にそう思います…」
空から雪の降りしきる窓の外を見ながら、僕は約束した。
イツキ、安心してくれ、僕はまたすぐに作品を書くから。
それまで、しばらくギルドで待っててくれよ、じゃあな。
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