ギルドで待ってる

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「俺はさ、とにかく、自分に関する何かを、文字にして残していきたいって思ったんだ」  夏休みに入ったある日、文芸部に入った動機をイツキにそれとなく訊いたところ、彼はそう答えた。 「いつか自分が居なくなっても、言葉にして、作品にして表に出せば、それを読んだ人の記憶の中に生き続けることができるから」  本当にイツキは不思議な奴だ。  相変わらずマイルドな不良みたいな風貌の男だけれど、そんな彼から、どうしてその口からこのような感傷的ともとれる言葉が紡ぎ出されるのだろう。いや、そもそもこの格好も、何だか、らしくないというか、どこか無理をしている気がするのは、僕だけだろうか? 「でも、ただ書くだけじゃなくて、こうやって、他の人の作品に入り込むっていうのは、思った以上に楽しいもんだな」 「ああ、僕の作品にお邪魔するって話ね。どう?進捗状況は」 「うーん、まあ何というか、コツコツやってるよ。とにかく急がないとな」 「急ぐ?文化祭はまだ何ヵ月も先だぞ?」 「あ、ああ…。ま、一日でも早く見てもらいたんだよ、せっかくだから」 「別にそんな急がなくても…」  そう言いながら、実はイツキの作品が出来上がるのを、僕は心待ちにしていた。  何の特技もない僕が、特段の思い入れもないまま入部したこの文芸部で、正直あまり気の進まないまま創作活動を行い、どうにか完成にまでこぎ着けた、初めての文芸作品。  大きな不安と気恥ずかしさを押し殺して発表したこの拙作を、あんなにも褒めてくれた上に、それにコラボレーションする形で作品を書いてくれることに、僕は例えようのない喜びを感じていた。  これは僕が作品を書いているとき思ったことだけど、詩なり小説なり書いて、それを発表するという行為は、自分自身をある程度さらけ出す覚悟がないと出来ないことだ。  それを褒めてくれたり、共感してくれたりしてくれる、これってこんなに嬉しいことだとは思わなかった。だから、みんなネットや同人イベントなんかで自分の作品を発表しているんだなあ──。  僕は、ノートPCのデスクトップににらめっこしている「イツキ先生」の邪魔をしないよう、静かに本を読んだ。
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