水曜日の夜

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「水曜日ってかわいそうじゃない?」  と、チェチェはリズに言った。  学校からの帰り道、電車を待っていた。二人とも、部活動に所属せず、家の方向が同じだったから、一緒に帰ることが多かった。特に寄り道をするでもなく、女子高生として不健全であると互いに言い合いながら、それでもやっぱり、まっすぐ家路についていた。 「だって、中だるみとか、タイクツとか、言われてさ」  チェチェは水曜日への同情を繰り返した。自分たちに重ねているのだということが、リズにはよくわかった。  二人は目の前に広がる世界の、どう考えたって、マジョリティーで、まともすぎる倫理観の中、ぬくぬくと育ってきた。 「リズは、どう思う?」  気に入ってつけたはずのあだ名ですら、飽き始めていた。  リズとチェチェは、おかしくなりたい、ふつうの子だった。  人の顔色をうかがって微笑む、その頬、そのえくぼに、タイクツが深く刻まれていた。 「じゃあ、サバトでもしましょうか」  ひひひ、とリズは笑った。 「サバト?」 「サバトは夜会。真夜中の魔女の集いよ」  だからその夜、二人は真夜中に家を抜け出して、それぞれの家の中間地点である駅で待ち合わせた。リズは線路沿いに並ぶ自販機が夜道に放つ明かりの中に人影をみとめ、走り寄った。黒いパーカー、フードをかぶって。するとチェチェも似たようなかっこうをしていた。二人は顔を見合わせ、ひひひと笑った。  夜の線路には明かりを消したマックロな電車が走った。タイクツな住宅街の夜道は、どこからか草花の甘いにおいがして、秘密めいていた。「あ、このにおい、好きかも」チェチェが目を閉じて、大きく息を吸い込んだ。満月に薄く雲がかかっていた。雲に映ったその光は虹色に見えたけれど、風に流されてすぐにわからなくなった。  それから何年もたって、リズは大人になり、働きはじめた。時おり、コンビニで缶ビールを買って、飲みながら帰ることを自分に許した。水曜日の夜だった。夜道を歩いていると、昔のことを思い出した。水曜日のタイクツは変わることなく、むしろ以前にも増して、いろんなことにタイクツやイラダチを覚えるようになっていて、そんな自分がいっそうタイクツだった。  あの頃にくらべて、まわりのものに名前がついた。秋の夜、住宅街にかおるのはキンセクセイ、満月に咲く虹は月光冠、感傷的になっているんだ、センチメンタルに酔っているんだ。  ポケットの中のスマホが振動した。画面には、田島千恵美と表示され、続けてメッセージが並んだ。  わたしたちの甘やかな夜。タイクツの中にふいに訪れる、この、うれしいような、くすぐったいような気持ちは、なんと言うんだっけな。
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