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それなりの音楽大学を卒業したら、当たり前のように、それなりの楽団などに呼ばれるものだと思っていた。
音大での小鳥は、それなりの成績を残していたため、当人として決して高望みをしているつもりはなかった。
万が一そうでなかったとしても、やはりそれなりの会社には就職できるに違いない、漠然とそんな風に考えていたのだった。
ところが22歳の小鳥が考えるより、世間というものは遥かに厳しいものだった。
スカウトされることはなかったため、いろんな楽団のテストを受けた。ところがすべて不合格。しかたがないため、妥協に妥協を繰り返し、嫌々受けた子供相手のピアノ教室の講師の面接だったが、そこでもあえなく撃沈。
結局、トータルで50社も面接を受けたがどこも駄目だった。
屈辱的でなんとも惨めなこの就職活動をしていて、小鳥は2つのことを学んだ。
まず1つ目は、どこかの誰かが歌う「この世界」に溢れているはずの「優しさ」は、少なくとも自分の周りにはない──ということ。
2つ目は、大人たちはみな若者のことを、巷で大量に作られているトイレットペーパーくらいにしか思っていないということだ。
面接で繰り返し言われた言葉がある。
『君には熱意が感じられない』
『若者なんだから、大きな夢を持ってほしいねぇ』
『もっと個性のある子が欲しいんだよ』
オジさんたち──中にはオバさんもいたが──は、ため息混じりに、まるで判で押したようにそう言っていた。
その度に小鳥は「はあ? 何言ってんの⁉︎」と苦虫を噛み潰す思いだった。
だったらお尋ねしますが、御社は熱意を持って取り組めるほどの会社なんですか?
若者が夢を抱けるほどの何かが、貴社におありなる?
個性? 金髪にヘソピーで来たても採用します?
誰だってやりがいや情熱なんて二の次じゃないの?
生活のために働く。それの何がいけないの?
そして小鳥は決意したのだった。
この世界に蔓延っているステレオタイプの大人たちを成敗してやる、と。
だから小鳥の言う世界征服とは、決してこの世の中を支配する独裁者や、悪を根こそぎ成敗してやろうなどいうわけではないのだ。
ままならない日常を、自分を中心としたこの世界を、1ミリでも前にポジティブになるよう前に進めるために戦う──という小鳥なりの決意表明なのだ。
ただし、やはりこの世界は優しくなかった。
小鳥は惨敗に惨敗を重ね、通算51回目に面接を受けた会社でようやく採用通知をくれたのが、現在小鳥が働いている「B-DASH」だったというわけだ。
ローディーという仕事を請け負う会社で、ポピュラーミュージックのステージでの楽器の管理や管理運搬などを主に行っている。
音大ではピアノ科を専攻していた小鳥だったが、裏方の仕事も勉強しておいて損はないだろうと思い、何度か講義を受けておいた。
まさかそれがここで役に立つとは思ってもみなかった。
小鳥の履歴書を見たサーカスの団長かと思うほどの個性的なオジさん──後に社長だと知る──が、目を輝かせてその場で採用を決めた。
だが、団長──ではなく社長の意見に意を唱えたのが、2人しかいない面接官のうちのもう1人、終始不機嫌そうにしていた成田だった。
顎には無精髭を生やしていて、口には火がついていないタバコをくわえていた。
ヨレヨレのティーシャツにジーパン、サンダルという格好でもわかるように、全身から「やる気はありません」と声が聞こえてきそうだった。
《音大を出たヤツなんて、使えませんよ》
声を落としたつもりなのだろうが、しっかりと聞こえていた。
小鳥が特別耳がいいからではない。「B-DASH」の10畳ほどの広さしかない質素な応接室には、社長と成田、それから小鳥しかいないのだ。
2人の内緒話は嫌でも聞こえてくる。もしかすると、成田はわざと聞かせるために言っていたのかもしれない。
《どうせすぐに根を上げますって。音大出なんて、どいつも温室育ちなんですから》
ここにもいたか、と小鳥は得心した。
(オジさんって、どうしてこうも若者と見れば繊細で傷つきやすくて、生意気で扱いにくいって決めつけるんだろう?)
そんじょそこらの女子ならここで尻尾を巻いて逃げ出すのかもしれないが、「世界征服」を掲げる小鳥は、俄然やる気が出た。
「任せてください! 私、使えますから!」
喜ぶ社長の横でポケットに両手を突っ込み、成田は不貞腐れていた。
(見てろよ! そこのオヤジ! 度肝を抜いてやるからな!)
ふと成田と目が合った。一応、面接をしていただいてる立場上、ニッコリと微笑んでやった。
(オジさんって、若い女子の笑顔に弱いんでしょ?)
ところが成田は舌打ちをしたをして、そっぽを向いてしまう。
俺はお前が嫌いだ!
背中には、あたかもそう書いてあるようだった。
だから小鳥も心の中で叫んでやった。
(私もあんたが嫌いだよ!)
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