ローディー 〜量産型女子がこの世界を変える⁉︎〜

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「さあ。仕事を再開するぞ! 時間がないんだから、モタモタするな!」  成田は何事もなかったかのように、再び楽器のセッティングをはじめるのだった。それが合図になったかのように、伊織と亜門も仕事に取りかかる。  1人納得いってないのは、小鳥だった。 (なんなんだよぉ、アイツはよぉ)  何かを蹴り飛ばしてやりたいところだったが、ここにはトラックのタイヤも転落防止用のフェンスもなかった。  蹴り飛ばせば全員からひんしゅくを買うのは間違いないほどの、高価だったり希少だったりするものばかりだ。  さすがの小鳥も、そのあたりの分別はあるので、我慢することにした。それでもあの桐生の態度に我慢ならなかった。 (この悪天候の中で、準備するのはどれだけ大変だと思ってんだよ! ありがとうの一言くらい言ったらどうなんだよぉ!)  地団駄を踏む。  小鳥がこれほど怒っているのは、桐生のことが気に入らないのはもちろんだったが、それ以外にも、ある葛藤を抱えていたからだ。  ただ、この時の小鳥にはもうやるべきことは決まっていた。  それは以前、成田から言われたことが頭の中にあったからに他ならない。 『良かれと思うなら、相手のことを考えろ!』 「もうっ! クソッタレが!」  と、小鳥は叫び声を上げて、頭をかきむしった。その様子を見た成田たちは、驚いたように目を丸くしている。  亜門は手を前にして、千鳥足で近づいて来る。まるで戦場で味方の兵士が銃弾に倒れたのを目の当たりにしたかのようだった。 「コ、コトリーナ? だ、大丈夫かい? 一体、どうしちゃったのかな……」  どうやら気が触れたのだと思われたらしい。  亜門は腫れ物に触るかのように、恐る恐る顔を覗き込んでくる。 「チーフ!」  ビクッと体を震わせた亜門は、慌てて逃げ去る。そして伊織の背後に隠れてしまうのだった。 「ちょっと、気になることがありまして」  癪に触るため、黙ってようかとも思った。それでも成田たちを見ていると、いや、これからもこの人たちと一緒に働くのなら、黙っててはダメだと思ったのだった。  ただし小鳥は心の中で決意していた。 (帰ったら小鹿さんに、桐生龍之介は嫌なヤツだったって教えてやろう)  歯を剥き出して笑う。その姿を見た亜門が青ざめているのも知らずに、だ。 (イヒヒヒッ、これでアイツのファンが1人減るぞ。ざまあみやがれ!)  悔しいが、桐生龍之介のステージはさすがの一言だった。  客席を見てみると、どのお客さんも夢中になっているのが舞台袖からでもわかった。  そしていよいよ最後の曲になった。  ステージの中央にピアノがセッティングされる。 「今日は、ありがとね」  ピアノの長椅子に座ると、桐生は客席に向かって語りかける。 「実はね、っていうか。ファンのみんなならもう知ってると思うけどさ。オレはピアノが苦手なんだよね」  何も知らない状態でこの話を聞いていたら、きっと小鳥は「嘘つけ!」と突っ込みを入れていたことだろう。  だがそれは、きっと桐生の本心だったはずだ。 「じゃあ、なんで最後にいつもピアノで弾き語りするだよって話なんだけどさ。  自分の弱さを認めるのって勇気がいるんだよ。  でもさ、自分の弱さとか未熟さとかを認めることで、人って成長できると思ってるんだよね。  だからってさ。嫌いなヤツとか、負けたくないヤツの前で、自分の弱さを見せるのってやっば嫌じゃん?  でも、オレを愛してくれるみんなの前ならさ。オレは自分の弱さを見せてもいいかなって思ってるわけ」  客席から拍手が起こり、どこからともなく、声が上がった。 「私たちは、リュウちゃんのこと見守ってるよ!」 「ありがとう。ほんと感謝してるよ」  桐生はピアノに正対すると、マイクの位置を調整する。 「それじゃ、毎回お馴染み、オレの下手くそなピアノを聴いてください。『この世の中は優しさでできている』」  舞台袖で小鳥は「あっ!」と声を上げてしまった。  すかさず隣にいた亜門が「しっ!」と、指を口に当てる。 「これは桐生龍之介の曲の中で1番好きなヤツなんだから、静かにしてよ! コトリーナ!」 「すいません……」  小鳥は心の中で悪態をついていた。 (なんだよ! コイツの曲なのかよ!) 「やっぱりいい曲だよねぇ」  亜門は早くも曲の虜になっているようだった。うっとりした表情は、まるで恋する乙女のようだ。 「やっぱりオレ、この曲が1番好きだなぁ」  亜門が小声で囁いのを隣で聞いた小鳥は、誰にも聞かれないようにまた舌打ちをした。 (結構いい曲じゃん。歌ってるヤツはいけすかないけど)
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