ローディー 〜量産型女子がこの世界を変える⁉︎〜

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 「B-DASH」には、社員はたったの4人しかいない。  チーフの成田、かなり個性的な寝言を言ってみなの失笑を買った亜門。それから小鳥。もう一人は、別の現場で仕事をしている女性がいる。  少人数のため、1000人を超えるような大きなステージを担当する際には、臨時のアルバイトを頼むこともあれば、社長のを使い、他の会社から応援のスタッフをお願いすることもある。  この日がまさにそうで、何度もお世話になっている他社からの応援をお願いすることになった。それでなんとか現場を終えることができ、今はその帰り道だったというわけだ。  お手伝いを頼んでおいて文句を言えた立場ではなかったが、この日のワゴン車の中にギュウギュウ詰めで、小鳥にとってはとにかく最悪一日だった。  なぜならスタッフは小鳥以外全員、オジさんという状況だったからだ。  友人にローディーという仕事を説明すると、ミュージシャンと会えるし、舞台袖の特等席で歌を聴けるのだから羨ましいと言われることが多い。  だが、実際にはそんな余裕などない。  ローディーは自分が担当する楽器に不具合が出ないか、常に気を張っていなければならない。おまけに運び込む機材はどれも重たい。  会場や機材によってはフォークリフトや台車を使うこともあるが、基本人力で運ぶことになる。  トラックからステージまでを1回運んだだけで、全身から汗が吹き出すほどだ。冬などは全員、全身から湯気が出る。  今は夏だから、作業を終えたころにはシャワーを浴びたような状態になっているのだった。  そのため車内にはオジさんたちの加齢臭と、夏真っ盛りに肉体労働を行ってきた汗の臭いが充満している。  しかも外は雨がさらに強くなってきたものだから、窓は開けられない。かろうじてエアコンは作動しているものの、ただでさえ古い車に加えて、法定乗車定員数一杯の車内ではもはや意味はなく、蒸し風呂状態だったのだ。  まさに地獄絵図だ。  小鳥が「B-DASH」に就職して3ヶ月経つが、未だにこの仕事には慣れない。毎日全身が筋肉痛で、学生のころには無縁だった湿布のお世話になることも少なくない。  それに仕事が終わるのはいつも夜遅くで、帰ってもシャワーを浴び、食事をお腹に詰め込んで寝るだけ。  日に日に荒れてくる肌を見て、女子力が下がっていることを実感して落ち込むのだった。 (辞めようかな……)  何度も口から出そうになるが、その度になんとか飲み込み、毎日食らいついてきた。  それはもちろん、先にも触れた「世界征服」のためだ──というのは、あくまでも表向きの理由だ。  本音を言ってしまえば、小鳥がこんなきつい仕事を辞めない理由は、もっと現実的で切実な問題があった。  単に、他に働くところがないからだった。  この「B-DASH」だって、51回の面接を受けてやっと雇ってもらえたのだ。  もちろん音楽関係の仕事にこだわらなければ、働き口はあるのかもしれなかったが、音大を出た以上、一般の仕事に就くのは負けた気がする。  何より、両親は何と言うだろうか。  実家に帰って泣きつけば、きっと温かく迎えてくれるだろう。公務員の父親の口利きで、市役所で事務の仕事なら、なんとかありつけるかもしれない。  そして両親は言うに違いない。  やっぱり小鳥ちゃんは、わたしたちがいないと何もできないのね、と。  それが悔しかった。 (私は、親のスネをかじって、男に媚び売ってる生きてるノーテンキ女子とは違うんだ!)  それを証明するため、両親の反対を押し切り、その時に付き合っていた彼氏と駆け落ち同然に家を出た。  だから口ではもっともらしい矜持なんかを語ってはいるものの、小鳥にはこの会社にしがみつくしかなかったのだ。
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