ローディー 〜量産型女子がこの世界を変える⁉︎〜

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(やっと帰れる……)  車を降りた小鳥は、激しく振る雨を少しでも避けようと、頭の上に手をかざす。そして小走りに緑色のビルの方へと走って行くのだった。  日差しの下に逃げ込むと、自然と安堵のため息が出た。  ここは小鳥が働いている「B-DASH」が入居しているビルだ。  正式な名称は知らない。  ただ、全員が「グリーンビル」と呼んでいるので、小鳥もそれにならっているというわけだ。  住宅街の中にポツンと建っていて、見慣れない人からするとかなり違和感があるだろう。  小鳥はいつも、このモスグリーンに塗装された外観を「悪趣味だな」と思っていた。  周りはモノトーンを基調としたおしゃれな住宅ばかりだ。にも関わらず、いきなりグリーンビルが現れる。だからどうしても異質な感じが拭えないのだった。 (よく周りの住人から苦情が出ないものだ。私なら絶対、立ち退き運動をしてるな)  さんざん文句を言いつつ、なんだかんだで現場から戻って来て「グリーンビル」の姿を見れば、ようやく仕事から解放されるという喜びが込み上げてくるのだった。  3階建ての小ぢんまりとしたビルで、1階は小鳥がいる「B-DASH」の倉庫として使用している。  事務所は2階にあり、3階は小鳥たちとはまた別の会社が入居していて、確かポスターのデザイン事務所だったはずだ。  たまにそこの社員さんとエレベーターで顔を合わせることがあるので、いわばご近所さん、というわけだった。  3階はすでに電気が消えているが、2階の事務所にはまだ明かりがついている。今日、別の現場に行っていた社員が、小鳥たちが帰って来るのを待っていてくれたのかもしれない。 「じゃ、成田くん。俺たちはこれで上がらせてもらうから」  今日の現場の応援をお願いしていたスタッフたちの中で、リーダー格と思われる中年のオジさんが手を挙げた。ジャンパーのフードをかぶってはいるものの、激しく打ち付ける雨に顔をしかめていた。  成田もまた、雨に濡れながら丁寧に頭を下げる。 「今日は、ありがとうございました。助かりました」 「何言ってんの。困った時はお互いさまだから」  そんなオジさんたちを、小鳥は鼻白んで見ていた。 (どうしてわざわざ雨に濡れながら話をするわけ? ホントにオジさんたちって理解不能なんですけど) 「それじゃあね」  オジさんや他のスタッフたちが帰って行くのを見届けた小鳥は、ビル横にある階段に向かった。 (私も早く帰ろ……)  スマートフォンで時間を確認すると、もうすぐ午後9時になるところだった。これでもいつもより、若干ではあるがこれでも早く帰れる方だ。  事務所に戻ろうとしたら、「おい、新人!」と呼び止められた。 「へ?」  素っ頓狂な声を出して振り返ると、成田がやはり不機嫌そうに顔をしかめている。 「な、何か?」 「何か? じゃねえよ」  成田も日差しの下に入って、犬のようにブルブルと振る。その飛沫が小鳥にかかる。 「明日の現場は、機材の持ち込みになる。だから必要な機材や楽器を、トラックに積み込んどけ」  もともと現場にある機材や、ミュージシャンが所有しているものをそのまま使うケースもある。だが、会社の楽器やスピーカーなどの機材を現場に持って行くことがあり、それを「持ち込み」と言うのだ。 「今から? 1人でですか⁉︎」  目をむく小鳥に、成田は雨音に負けないように声を荒げる。 「当たり前だろうが! 他に誰がやるんだよ!」  確か明日の現場というのは、小さな会場とは言え、4トントラックの荷台が一杯になるくらいの機材が必要だ。  それをたった1人で積み込むとなると、相当な重労働な上に、当然それなりに時間もかかるわけだ。  今でも現場終わりでヘトヘトなのに、これからまた数時間の作業なんてたまったまのではない。  小鳥は当然のことのように、この理不尽な仕打ちに対して抗議をするのだった。 「だったらみんなも手伝ってくださいよ! 私1人に押しつけるなんてズルですよ!」 「ズルいとはなんだ!」  成田が1歩2歩と歩み寄って来た。負けじと小鳥も向かって行く。 「てめぇ、上司に向かってその態度はなんだ」 「上司だろうとなんだろうと、間違ってるなら指摘して当然でしょうが」 「生意気言いやがって!」 「これは正論です!」
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