ローディー 〜量産型女子がこの世界を変える⁉︎〜

1/31
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/31ページ
『この世界は誰かの優しさで出来ている』 (どこかの誰かが、そんな歌をしたり顔で歌っていたな。はて? 誰だったっけ?)  大迫小鳥(おおさこことり)は、歌手の名前を必死に思い出そうとするが、なかなか出てこない。 (っていうか、見ず知らずのどっかの誰かさんに、どうしてそんな説教じみたことを言われなくちゃいけないわけ?)  でもね──と小鳥は思う。 (優しい人がいるのは知ってるのよ、私だって。だけどね、それはすべての世界に当てはまるわけじゃないんだよ、残念ながら) 「おい、新人!」  ほらね、と心の中でつぶやく。  ワンボックスカーの1番後ろの座席から、不機嫌を隠そうともしない怒鳴り声が響く。  わざわざ振り向かなくても、誰が言ったのかはわかっている。  チーフの成田大聖(なりたたいせい)だ。  小鳥はうんざりしたようにうなだれると、頭を下げたまま、「不快ですが、何か?」の気持ちを声にのせて「はい」と返事をした。 「またギターのボディに指紋がついてたぞ!」  舌打ちが聞こえた。もちろん小鳥に聞かせるためだったのだろう。  なおも成田の有難いは続く。 「黒のボディのエレキはな、照明の当たり方次第で指紋が目立つんだよ! だから丁寧に拭いとけって、いつも言ってるだろ!」  本来なら上司に怒られた場合、それがどんなに理不尽な理由だったとしても、とりあえずは「すみませんでした」と、言っておくべきところなのだろう。  だが、小鳥には密かながあった。  そのためには、ここで引き下がるわけにはいかなかったのだ。 「ちゃんと拭きました!」  何度も確認したのだから間違いない。  きっとギタリストが演奏している最中に、触ったに違いなかった。    ところが、小鳥のいるでは、そんないかにもありそうな可能性でさえ髪の毛ほどにも加味してはくれないのだった。  火に油が注がれたと感じたのだろう、成田の声にはさらに怒気が増していた。 「拭けてねぇから言ってんだろうがよ! 言い訳すんな! ギターはお前の担当だろ!」  小鳥は膝を叩く。 (このステレオタイプのオヤジめ!)  座席から腰を浮かせて言い返そうとしたその時だった。  小鳥の隣に座っていた男性が、突然、勢い良く立ち上がったのだ。とは言っても、ここは車の中。ワックスで立たせた髪の毛が天井に当たってひしゃげてしまっている上に、黒縁のおしゃれメガネはずり落ちていて、鼻の頭でなんとかぶら下がっている状態だった。 「ホントなんだってば!」  男性は悲壮感漂う表情で、ゴクリと生唾を飲み込む。 「ちゃんとしてたから、絶対オレの子じゃないんだって!」  同僚の亜門紋寺(あもんもんじ)だ。  寝ぼけているらしい。  半開きの目は虚で、狭い車内の中を所在なさげにさまよっている。 「だってオレ、今まで失敗したことないもん!」  その後も何やら卑猥なことをつぶやくと、やがて崩れ落ちるようにして座席に体を沈めた。何事もなかったかのように、またイビキをかきながら眠りに落ちたのだった。  車内にはなんとも言えない気まづい空気が流れた。やがて誰かが「ブッ」と吹き出すと、それが合図になったかよのうに、あちこちの座席から失笑が漏れるのだった。 (この状況で、一体どんな夢を見てんのよ……)  一度は臨戦態勢になった小鳥だったが、亜門に腰を折られた形になってしまった。  そのためなんだかこれ以上言い合うのはバカバカしくなってしまったのだった。 (まったくもう……)  小鳥はまた座席に押し付けたのだった。  ただしすべての怒りがおさまったわけではなかった。小鳥は憮然とした表情はそのままで、車の窓から外に目を向ける。  外はすっかり日が落ちて暗くなっていた。  その上、先ほどから降り出した雨のせいで、窓の外はほとんど何も見えない。  窓ガラスには、疲れ果てた自分の顔が映っている。 (なんて酷い顔なんだろう……)  金色に染めたベリーショートの髪の毛は、最近とんと美容院に行けてないせいで、すっかり根本の部分が黒くなってしまっている。  おまけに目の下には青黒いクマができていて、右頬にあるニキビがなんとも痛々しい。少しでも触れると膿が吹き出してきそうだ。  なんだかイライラが増して来る。  成田に怒られた上に、すこぶる調子の悪い肌。  極めつけは、車が地面をかく音と雨音がなんとも言えずアンバランスだったことだ。 (どうしては、私に対してこうも意地悪なのよ!)  さらに追い討ちをかけるかのように、成田が吐き捨てた。 「これだから音大出のヤツなんか、採用()りたくなかったんだよ」 (クソッ! こっちだって、やりたくてこの仕事を選んだわけじゃないっつうの!)  前の座席の背中を蹴ろうと、小鳥は膝を持ち上げた。  が、またもや隣の男がつぶやくのだった。 「1回だけ、ねっ? 1だけだから──ムニャ」  亜門の寝言だ。  幸か不幸か、おかげで我に返った小鳥は、なんとか思い止まることができた。さもなければ、前に座っているスタッフに怒鳴られていたことだろう。 (クソッ! 見てろよ)  小鳥は密かに決意するのだった。 (絶対に、私がを変えてみせる!)  そう。大迫小鳥の野望とは、なのだ。
/31ページ

最初のコメントを投稿しよう!