2 不思議な人

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 土曜日。  夕方近くになり、私は昴さんに連れられて街を歩いていた。  仕事、と言っていたけれど、どんな仕事なんだろうか。 「あ、あの、今日はどちらに行くんですか?」 「加賀子爵の家」  誰かはしらないけど、華族ってことはわかる。 「そこの家の娘が、家族に男を紹介してきたらしい。娘の行動から、そこに誰かいるのは確かなんだろうけど、家族も使用人も、その男を見ることができなかったと」 「……え、それってどういう……」  私が尋ねると、昴さんは肩をすくめた。 「さあ。人じゃないのは確かだろうね。心配した加賀子爵から相談されて、それでこの間話を聞きに行ったんだけど、毎週土曜日の夜に、その男は娘のところを訪れているらしい」 「あ、それで土曜日に……」 「そう。正体を突き止めてほしいと。僕としては、人の目に映らないあやかしなんて放っておけばいいと思うけど、そうもいかないらしい」 「いや……見えないって怖くないですかね……?」  見えない相手を紹介された家族は、さぞ驚いただろうな……  私の言葉に、昴さんは首を傾げた。 「見えない相手ならなにもしてこないよ。それなのに怖いの?」 「み、見えないから怖いんですよ。だって何されるかわからないし……」 「見えない相手はなにもしてこないよ。そんな力ないから」 「そ、そうなんですか?」 「そう、だから僕は放っておけばいいと言ったんだけど、そうもいかないらしいから、今日行くことにしたんだ」  普通の人はそう思うよね。  どうも昴さんは私たちと感覚がずれている。 「それで私を連れて行くのは……」 「僕は女の子の扱いなんてわからないから、向こうの娘さんと顔を合わせた時のためにね」  そういうことか……でも、私、華族のお嬢さんの扱いなんてわからないけどな……  そう思いつつ、夕暮れの通りを歩いて行く。  すれ違う人の顔も見えにくい時間。  なんだっけ、たそがれ時っていうんだっけ。  でも、おっかあは別の呼び方していたな。  確か……逢魔が時。この世ならざる者に遭遇する時間。  そう言えば、この時間に外に出ちゃ駄目だっておっかあに言われた気がする。  あやかしが現れて攫われてしまうからと。  昔はそういうあやかしの話が怖かった。でも成長するにつれてそんな話は忘れてしまって、日々の生活に追われるようになっていた。  そして今、私は子供の頃に聞いた昔話に出てくる存在と接している。  なんだか不思議な気分だ。  皆昔話だと思っていた鬼だとかあやかしが、実在するなんて。    目的の場所に着いた頃には日が暮れて、街灯が淡い光を放っていた。  静かな住宅街の一画に、その屋敷はあった。  昴さんの屋敷よりも大きい、かな。  洋風と和風を合わせたようなそのお屋敷は、塀に囲まれている。  裏門が見える場所に立ち、昴さんは懐中時計を見て言った。 「日が暮れると現れるらしいから、もうすぐ来るんじゃないかな」 「その人、ふつうの人には見えないんですよね? 私も見えないんじゃぁ……」  その問いに昴さんは何も答えず、視線を巡らせる。 「あぁ、あれだ」  と言い、昴さんは通りの向こうを見つめた。  言われて私もそちらに視線を向ける。  若い、スーツ姿の男がこちらに向かってくるのが見える。  綺麗な顔立ちの、二十歳前後と思われる男性だ。  他に人影はないから、あれが例のお嬢さんに会いに来ると言う男性だろうか? 「って……え?」  私には、はっきりとその男が見えた。  男は足取り軽くこちらに歩いてくる。 「あ、あの……」 「何」 「向こうから来る、黒いスーツの男性……」 「うん、歩いてくるね」 「あの人が、見えないっていう人なんですか?」 「そうだよ」  やっぱりそうなんだ。  でも、私に見えるの何で……? 「君にも見えるんだ」 「は、はい……何ででしょう……?」 「さあ。それはともかく、お嬢さんに会う前に止めないとだから行こうか」  と言い、昴さんは男の方へと歩き始めた。  私も慌ててその後を追いかける。  昴さんは男の前に立つと、男は驚いた顔をして立ち止まり、昴さんを指差して言った。 「え、あ……ま、まさか……」 「君が、加賀子爵のお嬢さんの元に通っている男だよね」  淡々と昴さんが告げると、男は口をパクパクさせる。 「う、あ……あ、あの……」 「別に、祓おうってわけじゃないよ。ただ話を聞きたいだけだから。見ただけで君の正体なんてわかるからね。なんで人間の娘になんか会いに来てるの?」    そう昴さんが問いかけると、男はだらだらと汗を流し始める。  正体、わかるんだ……  何ものなんだろう、この男。   「とりあえず、尻尾、見えてるよ」  その昴さんの言葉で私も気が付いた。  男の背後から、茶色で先端の黒い尻尾が見えている。  あれ……あの尻尾は……もしかして狸?  男が驚いた様子で後ろに手をやったとき、塀の向こうから声が響いた。 「ねえ、来てるの?」  若い女性の声だ。もしかして、噂の子爵のお嬢さんだろうか。  その声に驚いた男は、目を丸くして来た方へと振り返り走り出す。すると昴さんは何か唱え、男の方に手を向けると、男はその場に転んでしまった。  それを見て、私は思わず走り出す。 「だ、大丈夫ですか……?」  そう声をかけたとき、転んだ男から、ぽん、と音が聞こえ煙が包み込んだ。  そして、その煙が消えたときそこに男の姿はなくて、変わりに一匹の狸がうずくまっていた。
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