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夜の高速バスターミナル。私が大学卒業して東京に出てから5年が経つ。地元に戻るのはそれ以来かな。私はバスに乗り込み席に着くと、ショルダーバッグから一通の案内状を取り出す。そこには『同窓会のご案内 天野紫音様」と記されている。
「直樹、元気にしてるかな?」
幼馴染の直樹は「家の仕事を継ぐ」と言って、そのまま地元に残っていた。直樹とは小学校からの幼馴染で大学まで一緒だった。大学卒業前、直樹から「一緒に残ってほしい」とプロポーズされた。でも、東京でファッション関係の仕事がしたかった当時の私は、首を横に振った。直樹のことが嫌いというわけではもちろんない。私も大好きだった。
でも、一度きりの人生、やりたい事は我慢したくなかった。スマホを取り出し、過去の写真を漁る。中学時代にガラケーで撮った写真もデータをこのスマホに移してある。ここ最近の写真はファッション系ばかりだけど、5年以上前のデータになると、直樹との写真が多くなる。
大学卒業後もチャットのやり取りはしていたけど互いに忙しくなり頻度が下がっていった。最後のチャットの更新は去年の私の誕生日だ。
「久々に送信してやろう」
とあるスタンプを送り、そのまま揺れる車内で眠りについた。途中、大きな衝撃を感じて目が覚めたけど、疲れもあってすぐ意識は飛んだ。
朝になり、地元に到着。久しぶりの地元はだいぶ変わっていた。待ち合わせに使っていた昭和レトロ感じる商業ビルは建て替わっていた。近代的な建物に変わり、時代の流れを感じる。でも、変わらない所もある。
「やっぱりここにいた!」
再開発の波に取り残されたように残る公園。そこには二十代後半くらいのよく知る男性がベンチに座っていた。ここは直哉がよく物思いにふける場所だった。
「うわあああ!!!」
私に声を掛けられ直哉は大きくのけぞった。
「5年ぶりの再会だっていうのに、まるでお化けが出たみたいな反応しないでくれる?」
その言葉に、直哉の表情は先ほどの驚きのものとは違ったものになった。眉が下がり、もの悲し気な雰囲気が感じられる。
「5年ぶり、か……。紫音にとってはそうなのか」
直樹の言葉の意味が分からなかったが、ふと直樹の手元にあるスマホの画面を見て違和感に気づく。
「ねえ、直樹のスマホバグってない? 来年の日付になっているけど……」
「それは……」
すると、近くを主婦らしき二人の女性が世間話をしながら通る。
(あの高速バスの事故から1年経つのねぇ……)
事故。その言葉が妙に引っかかった。直樹は私から目をそらす。
「ねえ、直樹」
何も答えてくれない。
「ねえって、直樹!」
揺すろうとした手が直樹の体をすり抜ける。
「こ、これって……」
動揺する私に、それまで沈黙していた直樹が声を発する。
「ちょうど1年前だ……」
差し出したスマホには見覚えのあるバスが高速道路の外壁に衝突している記事が映し出されていた。
そっか……。私、死んだんだ。
思い当たる節はある。バスで寝ている間の大きな衝撃だ。多分、その時事故が起こったのだろう。記事には飲酒運転の乗用車がバスに衝突してその衝撃でバスが外壁に衝突。重軽傷者20名とある。死者は……。
「あれ、これって私死んだパターンじゃないの?」
記事には死者は奇跡的に出なかったと書いてある。
「紫音の体は、大学病院だよ。意識が戻らず今日で1年」
その言葉に、少しほっとした。意識不明も十分大事件なんだけど、まだ私は生きてる。
「ということは、今は生霊ということですね!」
「急にテンション変えるのやめて?」
それが紫音のいいところなんだけどね、と直樹は小声で続けた。
「えー、なんてなんて? 聞こえなかったからもう一度」
「絶対言わん!」
そう言う直樹のその目にはわずかに光が戻っていた。
「ところで、あの日のメッセージ。本気だと思っていいんだよな?」
あの日のメッセージ。多分バスの中で飛ばしたやつだろう。東京で一つの夢をかなえたけど、もう一つ叶えたいものがあった。正直虫が良すぎるし、嫌われるかもしれない。でも、そんな女だと知っている直樹ならと思って。直樹のスマホに残る1年前の通知。『今からでも、直樹のお嫁さんになれますか?』
「もちろん本気だよ。それは直樹がよくわかっているでしょ?」
「まあ、そうだよな。ったく、あの日は情報量多すぎなんだよ」
「ごめん」
「紫音が謝る事じゃないけどな」
まずは、私が意識を取りも出さないと。
「また会えたら、末永くよろしくお願いします」
こんな形だけどまた会えたんだもん。絶対またちゃんとした形で会えるよね。
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