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「それでは皆さんもお元気で」
そう言って教会を後にした。
物心ついた頃から十数年。家族のような存在と共に、ほとんどの時間を過ごした場所だというのに、驚くほど未練はなかった。
あまり物欲がない上に、生活に必要な物は全て教会内にあった為、私物と呼べる物はほとんどない。
気晴らしに買った何冊かの本や筆記用具くらいだ。それらをまとめた荷物を抱えながら市場へ向かう。
毎日よくもこんなに人が集まるものだ。大きな通りに面していくつもの店が並んでいる。周辺の路地には、宿屋や飲食店、酒屋等もあり、昼夜問わず賑わいをみせている。
持てる範囲の日持ちしそうな野菜と果物を買い、それを抱えて、市場の横から続く少し広めの坂道を登る。
坂の上にある、個人的にも少し付き合いのある孤児院に行く為だ。
陽が昇りきっていないこの時間は心地よい暖かさだ。
これからどこへ向かうべきか。この街から出たこともないのに一人で旅をするなど無謀だろうか。けれども、もうあの場所に居るのは堪えられなかった。
毎週教会に通うどの信者達よりも神というものを信じていないだろう。別に嫌いなわけではない。ただ、一番近い場所で仕えていたというのに、全くその存在を感じられないのだ。
周りの者達は、心から感謝しているのが見ていてもよくわかった。仕える年月の違いかとも思ったがその予想は外れた。幼い頃に預けられ、ありがたくも何不自由なく育ち、しかしそれに反して、自分の中の居心地の悪さは増していった。
世界で起き始めた変容は、僅かばかりの自分の能力を理由に、どこか別の場所へと行く機会を与えてくれた。
「さすがに少し買い過ぎましたかね」
重さこそ大したことはないが、不均一なそれぞれの物達が、ともすればバランスを崩し崩れ落ちそうになる。
それにしても…独り言だというのに、口を開けばこの張り付いた笑顔とわざとらしく丁寧な話し方…
どんな気分の時も、咄嗟の時でさえ出てくるこの現象は、不快なものでしかない。あの場所を出たら時間と共に消えていくものだろうか。
何度か荷物を持ち直しながら坂の中腹辺りまで来た時、ついにそれは起きてしまった。
一度バランスを崩した物達は、我も我もと
足下に転がり始める。それらを拾い集めていると、りんごが1つ坂を転がり落ちて行った。
坂の下は市場の大通りへ続き、更にその向こう側には海が見え陽に照らされていた。
りんご1つは諦めたが、まだ坂の中腹。坂の上に着いた頃に、せっかく買って来た物達が更に減っているのは御免だ。
一度荷物を全て出して丁寧に入れ直すことにする。
大きさも形もまるで違う物達は、なかなか同じ一つの中に仲良く納まってくれようとはしない。大司教様なら上手く仲裁し、それぞれに与えられし居場所を指し示すことが出来たのだろうか。
などと考えていると足音が聞こえてきた。
まあ、邪魔にはならないだろう
そう思って作業を続けていると、足音は更に近づき目の前で止まった。
知り合いか?
そう思って見上げると、
「これ、お前のか?」
…っつ!
………神…か?
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