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第9話 異世界
呆然としてしまったが、追いかけた方が良かっただろうか。
私を誘わなかったのは、きっと一匹でも大丈夫だからだと思ったからなんだろうけど……。
悩んでいると、だんだん孤独に苛まれて不安になった。
翠がいないと私一人ではこの世界で──いや、どんな世界に行っても──絶対に生きていけないだろう。
それくらい一緒にいる時間が長くなっていたし、繋がりが強くなっている。
すると、以外にも翠は直ぐに戻って来た。
「翠!」
手を広げると、大きな巨体のまま私の胸に飛び込んで来た。流石に受け止め切れなくて倒れそうになったが、翠が抱き締めるように前足を器用に挟んでくれて、バフっとフサフサの毛並みに包まれた。
息苦しかったが、翠が帰って来たので何も言うことはない。
翠はにゃぅんと甘い声で鳴いて、頬をすりすりとしてくる。
「あ、待って……思ってたより……ぐえっ……苦しい……」
途切れ途切れに呟くと言葉を理解している翠は直ぐに退いてくれた。
優しく地面に座らせてくれたが、最後に濡れた舌でベロリと舐められると、私の顔は涎でベトベトになってしまった。
しかも、舐めらられた時に、あの特有なザラザラが何気に痛い。
「……そ、それで、翠。何しに行ったの?」
そう聞くと、翠はお座りの体勢になり、魔法を使った。
魔法陣が胸元に現れて、そこからカラフルなモノが次々に落ちて来る。
魔法を──魔力とは違うものを翠から感じるが──使えたことにも驚いたが、落ちて来たモノに私は目を見開いた。
それは、木の実だった。中には林檎もあって、マンゴーに似た色や形の果物もある。
「これ、翠が収穫してくれたの!?」
聞くと、にゃうんと頷く翠。
「ありがとう!!」
今度は私が翠に抱きついた。沢山首周りを撫でてから翠が獲ってきてくれた果物を洗って食べていると、ふと良いことを思いついた。
「ねぇ、翠。ここに魚っていると思う?」
聞くと、翠は鼻先を水流に近づけた。目を瞑って耳を震わせると尻尾が立った。
私を向いた翠は嬉しそうに鳴いて、尻尾をフリフリと振り子のように動かしていた。
「よし! ちょっと待っててね」
私は川上を見ながら目をつぶった。川の水を救うイメージをして、「水柱」と叫び手を上げる。
すると、噴水ように水流が昇って、私たちのいる河川砂利の所に水がバシャッと落ちてきた。
水の中には数匹の魚もちゃんと捕まえられたらしく、揚がった魚たちは元気に身体を跳ねている。
魚に飛び付くと『風切り』で大人しくさせてから、崖上に生えている木の枝も刈り取った。
落ちて来た草も集めて、一つにまとめると小さい火の玉を落とすイメージで「火球」と呟いた。
ボワっと手の平から炎が生まれて木の葉の上に落ちる、途端に火花は枝にも燃え移り、焚き火が出来上がった。
揚がった魚は小さいのと大きなので種類が違うのか、身体の色も紫とピンクで、鱗の形も少し違っていた。
「どう捌こうか。刃物なんて持ってないし」
すると大きな枝を刈り取ったことを思い出した。
一辺を尖るように削いで、自作ナイフを作りだすと魚の身体に沿うように滑らせる。
すると3回で鱗は綺麗に剥がれて、口から枝に刺した。
「こんなもんかな」
三匹の大きな紫色の魚と、五匹の小さなピンク色の魚を、炎を囲うように地面に刺して、焼き上がるのを待つ。
その間に、私たちは寝床を探した。辺りを見渡していると、その時になって川下の崖壁に洞窟のような穴があることに気づいた。
近寄ると中を覗いて見る。暗くて何も見えなかった。
野球のピッチャーの真似をして「火球!」と火の玉を投げつけると、途中でボワッと燃え広がった。
そのお陰で、中で寝ていただろうコウモリが現れて群れで外に飛んでいった。
暫く待つとそれ以上の生き物は出て来なくて、ほっと胸を撫で下ろす。
中に入ると少し進んだ先で、足元に違和感を覚えた。
枝と一緒に何かを燃やしたらしい焚き火痕が残っている。
「度々使われている場所なのね」
一度出ると、もう一度枝たちを集めて窪みの中へと運んで火をつけた。
最初に作った焚き火の所で魚の焼け具合を見ると、綺麗に焦げ目が付いていて大きな魚の方にかぶりつく。
異世界の魚は骨が少なくて食べやすく、身もふわふわしていて美味しいかった。
「う、美味すぎる……!」
これは何匹でもいけてしまう。
翠用に枝から切り離して置くと、私の食べた時の表情を見ていたのか、警戒せずに食べ始めた。
勢いのある食べつきに思わず笑ってしまう。
「美味しいね。この小さい方もイケるよ」
翠用に多めに分けてから私は三匹を平らげると、空を見上げた。
既に夜も更けっていて、夜空に星が瞬いていた。
「明日は下山かな」
外から聞こえる水流の音に耳を傾けて、私は初めての異世界ライフを振り返る。
どうにか一日目を生き延びれたようで本当に良かった。
浄霊には流石に挫折しかけたけど、翠がいて来れたお陰で無事に浄術を終えられたし、二度目はスムーズに進めれた。
野宿も初めてだけど、寝床になる場所も見つけて無事に一夜を過ごせそうだ。
「街についたらどうしようか」
呟くと翠を見た。ぼぅとしている間に食べ終えたようだ。手を舐めて口元や顔を洗っている。
「翠はどんな異世界ライフを送りたい?」
その質問には翠も分からないのだろう。私の膝に乗って今度は身体を舐めている。
「神様に会いに行くなら冒険者にならないとだよね。色んな国を渡り歩くのも良いかもしれないけど、のんびり過ごしたいなぁ」
翠は何も答えなかった。
「翠と私で住みやすい所を探そうね」
そう言うと、翠が顔を上げた。尻尾を軽く振って見せた翠は肯定しているように思える。
笑って頭から尻尾まで撫で付けると立ち上がった。
追加の木枝を刈り取ってから洞窟の中へと入り、奥に進むと吹き抜けになっているとはいえ、じんわりと暖まっているのが感じられた。
「良い感じだね。今日はもう寝ようか」
すると、翠が熊並の大きさになって丸くなる。それから尻尾で私を抱き寄せて挟んでくれた。
もふもふの毛並みに挟まれるともっと温まって、過ごしやすくなった。
「ありがとう、翠。すっごく暖かい!」
にゃぁんと鳴いた翠は大きな欠伸をすると目を閉じた。
その様子を見ていた私も途端に眠くなって、睡魔に襲われるまま翠の体温と鼓動に包まれて眠りについた。
✽ ✽ ✽
懐かしい場所に立っていた。
夕暮れ時の公園。誰もいないその場所で私は足元に置かれたものを見つめる。
それだけで、これは夢だと直ぐに気付いた。
気付いたからっと言って、目が覚めてくれはしなかったが、まぁ良いやと思った。
だけど、コレはこのまま放置するのは可哀想だ。
そう思ったら埋めて上げたくなって、土を掘れるものを探した。
すると、近くにシャベルがあることに気付いた。
公園の叢なら木に近づいて、その下の土を掘る。
やっと入るくらいの深さが掘れると、ソレをそっと寝かせた。
手を合わせて目を閉じて、今度は土を埋めて行く。さらに盛り上がるくらい積んでから、やっと一息ついた。
その時に、周りに他人が集まっていることに気付いた。
私を指さして何かを言っている。
何を言っているのか聞き取れないが、前世でも似たようなことがあって、その度に「気味が悪い」と言われ続けていた。
自分でも良く分からなかった。どうしてこんなことをしてまうのか。まるでもう一人、自分の中に誰かがいて、身体を乗っ取られているように心と身体が動いてしまう。
とは言え、二重人格とは言えない。3度違う病院の精神科に連れて行かれたが、異常なしと判断されてしまった。
いっそ二重人格なら良かったと思うけど、私のせいで両親は毎夜のように泣き崩れてしまった。
その様子に私の行動は抑えられる時もあったが、治ることはなかった。
そんなある日。私はあの人と出会った──。
✽ ✽ ✽
「お、ばぁ……ちゃ……」
自分の声に目が覚めた。
光を感じて身動ぐと、もふもふの布団の感触と小鳥の囀りに一瞬、ここが異世界だと忘れていたが、翠の鳴き声に意識が覚醒すると、直ぐに昨日あった出来事を思い出して、がばりと起き上がった。
そうだ。このフサフサは布団ではなく、翠の毛並みであって身体と尻尾だ。
「わぁぁ、翠ごめんね!」
翠は身体を縮めると伸びをする。
「ありがとう」
そう言うと、にゃおんと返事をしてから首周りを後ろ足で掻いていた。
焚き火を見ると既に炎は消えていて、朝日が差し込んでいる。
洞窟から一歩外に出ると昨日と変わらない景色が広がっていた。
「そろそろ馴染んで来たかな」
今日から始まる異世界ライフの二日目に、私は振り返って翠に微笑みかけた。
「よし。街へ行こうか──」
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