第11話 連携

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第11話 連携

 熱くて、燃えそうなくらいの風が早く治まるのを息を止めながら願っていた。   喉が焼ける……!!   それから熱風が治まったのはどのくらい経ってからだろう。  やっと平常に呼吸が出来るようになると、私は閉じていた瞼を開いて辺りを見渡した。  少年たちが対峙していた熊は体毛が焼けて、屈強の戦い方をしていた男たちの熊も毛がチリジリになり苦しんでいた。  巨大熊の様子に私は慌てて翠を見ると、真っ白な毛並みは砂や煤で汚れていただけで、私を巻きこんで身震いすると不思議なことに綺麗なままだった。  ……翠の身体って一体どうなってるんだろう。  この二日間、異世界ならではの出来事に順応するのに手間取って気にして来なかったが、そもそも身体を大きくしたり小さくしたりなんて普通なら出来ないし、こんな清潔な状態が保たれ続けているのだって可笑しなことだ。  本当にどうなってるの?  まぁ、神様が何かしたんだろうだけど、どんな力を翠に与えたのか検討もつかない。  そんな疑問を抱いたが、直ぐに打ち払われた。  体毛を焼かれた巨大熊が動き始めたのだ。しかも眼差しは鋭く、眼光が怪しく輝いているようにも感じる。  ひぇっ、と背筋に悪寒が走った。  完全にキレてる……!  そう言えば騎士の人は大丈夫かな!?  砂埃も火の玉も、彼を護ろうとして起きたことだ。  一体どこに行ったんだろうと見渡していると、魔法師はその場から動かなかったようで、離れた場所で直ぐに見つかった。  少年の姿も探すと、最後に見かけた木の下にいなかった。  けれど()()にいなかっただけで、見失なった騎士と少年の姿は意外と近くにあり、首を動かさなくても見つけられた。  戦闘で抉れた木の後ろ、もう少し太いと思う樹木の陰から騎士が顔を覗かせていたのだ。  鎧は傷ついているが壊れている様子はなく、熱風を木陰でやり過ごしたのは直ぐに理解できた。 「良かった……」  一方の男たちはあんな突風があったと言うのに、既に平常心を取り戻し、致命傷ではないものの熊を四つ這いにするくらいには苦しめていた。  木陰から騎士が出て来ると呻いている巨大熊に向かって駆け出して、とどめを刺そうと剣を構えている。  流石にもう暴れないだろうと思ってた。けれど、予想外なことに騎士の一撃を立ち上がることで避けた熊は、間合いに入っていた騎士を腕で薙ぎ払う。直撃した衝撃に騎士は木に背中を打ち付けた。  驚いた私に、その場の雰囲気が張り詰める。  今度は少年が駆け出している姿が視界に入って、更に驚いた。   ──まだ動けたんだ……!   手に持っているのは短剣だ。心許ない武器に私はあれと疑問が浮かび、ふと思い出した。吹っ飛んで来た少年の剣の存在を──。  後ろを振り向けばまだ背後の木の根っ子に突き刺さっていて、衝動的に私は翠の背中から飛び降りていた。  着地で足がジンと痛んでふらつきながらも剣に走り寄る。そして、柄を両手で掴んで引っこ抜く。  剣にはずっしりとした重みがあって、これを振っていた少年に感心するくらい立派なものだった。  振り向くと懐に入った少年は短剣を熊の胸に突き刺しているところで、息の根は止められずに腕を振り下ろす前に身体を滑らせるように懐から逃げ出していた。  そんな少年に私は少し勢いをつけて投げる。そして直ぐに風を送って少年の近くへと剣を送ろうとしていた。  浮かぶ剣に少年は直ぐに気づき、私との視線が僅かに合ったが、雄叫びに直ぐに視線は反れて、屈強な三人の男たちがいつの間にか対峙していた熊を片付けて、残りの熊と戦っている間に、少年は浮かぶ剣の方へと走りだした。  魔法師も男たちをフォローする形で、何かの塊を飛ばして邪魔をしている。  風を送っていた身体の魔力を振り絞って少年のために剣を飛ばしていると、無事に柄を掴んだ少年に私はホッと息を零す。  これで解決すると思っていたのに、余所見をしていた私を熊は見留めたように、身体の向きを変えていたことに遅ればせながら気付いた。  突っ込んで来る凶暴な生き物に足が動かなくなった。  逃げなきゃと思うのに、身体に発っしている信号が滞ったような感じで、足の早い熊を前に血の気が失くなっていく。  叫び声が聴こえる中で熊はあっという間に距離を縮めて、爛れた口元から牙を覗かせた。  危機を察知した脳波が強い衝撃で知らせてくるのに、私はとうとうその場に崩れていた。  怖い、怖い、怖い……!!  どうして翠から離れちゃったんだろう……!   爪を露わにした剛毛な手が上げられる。身体が震えて恐怖にぎゅっと目を閉じた。  側で威嚇の唸り声が上がり、続いて低い声が聴こえる。  痛みが来ないことに瞼をゆっくり上げると、目の前は真っ白な存在が背を向けていて、翠の手足の隙間から覗く向こうの景色では、少年が倒れた熊の背中に乗っているのが見えた。  剣を持つ腕は深紅に染まり、顔にこびり付いているのは血飛沫なのだろう。  同年代の少年が荒い息を吐きながら見下ろしていた視線をふと上げて、私を見つめた。  お互いに目を合わせた状態に、私はパチパチと瞬きをする。  無言でいた私たちの間に遠慮なく入って来たのは翠で、私の顔面を舐めてくる。 「わっ!? 翠、やめっ……!」     チクチク痛む舌の感触に生きている実感が持てて、涙が滲み始めた。  今さっきの出来事がまだ瞼の裏から離れない。  身長の何倍もの剛毛が生えた体躯と、涎が垂れていた口元に、眼光鋭い焦点の合わない眼。  私を殺そうとしていたあの瞬間の光景を、私はきっと忘れられないだろう。  震える身体で翠に抱き着くと、グルグルと喉を鳴らす心地よい音に目を瞑る。 「良かった……。生きてて……。ありがとう、翠……」     後で男の子にもお礼をしなきゃ。  しばらくして、魔法師のお姉さんを先頭に6人が歩み寄って来た。  話しをするために私も立ち上がって対面する。最初に切り出したのは魔法師の女性だった。  白髪の長い髪を肩の所で束ねて、動くには少し窮屈そうな首から膝下まで覆った白い衣装に、長い杖を軽く地面に立てながらお辞儀をする。   「先程は援護していただきありがとうございました。私はレトス伯爵家に使える魔法師、シェイ・ツーベルと申します。こちらが護衛騎士のジギム・フォドン。そして──」  シェイの手が少年に差し出されると、一番若く、熊に止めを指してくれた少年が剣の柄に手を置いて軽く頭を下げた。   「伯爵家のセラ・レトスだ」 「セラ……」  確かに顔立ちも良いし、体格も良いし、身に付けてる洋服もすごく質の良さそうな、貴族ぽい雰囲気がある。  ジギムは近くでみると身長が高くて、190センチくらいはありそうだ。剣も大きくて、重そうだと思った。  この世界の人相や衣装に、これが異世界の人たちなんだと感心していると、後ろにいた冒険者の人たちも端的に名乗った。    「俺達は近くの街のギルドに加入してる緑風(グリーンウィンド)だ。セト様からの依頼で護衛をしている」  私は思わずリーダーらしき人に目を向けた。  パっと目を輝かせて、「ギルドの人!」と声を上げてしまう。 「うぉっ!?」  私がまさかギルドに反応するとは思わなかったんだろう、セトたちが仲間内で視線を交わして首を傾げている。  訝しがられたことに恥ずかしくなって、顔が熱くなった。   こんな所でギルドの人に会えるなんて思ってなかったからつい大きい声出しちゃった……。  でも、丁度良かった。夜馬(ナイトホーク)と同じギルドの人かもしれないし、ペンダントを見せれば何か分かるかもしれない。   「えっと、私は蜜路地李桜。こっちは飼い猫の翠」  翠が柔らかい頰をスリッと撫で合わせる。その感触がくすぐったくて笑ってしまった。 「この先で冒険者の遺体があって、証明になるかと思ってペンダントを拾って来たんだけど、見てもらえますか」 「──まさか」  心当たりがあったのか五つのペンダントに飛びつくように赤髪の男性が近寄って、その一つを掴み上げた。  その後ろからスキンヘッドの盾を持った男性と、剣を掃いた黒髪の男性も掌に乗せたペンダントを覗いて来る。 「そうか……。あいつ等、亡くなったのか……」 「クソッ! ちゃんと止めてやれば良かった」 「なんで死ぬ前に逃げなかったんだ……!!」     それぞれ思い思いの感情を露わにして悔しそうに唇を噛み締めて握った拳が震えていた。  私も夢の中で見たネロの記憶を思い出して、視線が落ちて俯いてしまう。 「報告ありがとな、譲ちゃん。どの辺で見たのか聞いても良いか?」 「あ……。あっちの方。川があって、崖の上を暫く歩いた所に魔物の死骸もあるの」 「魔物だと……!? ──そうか。他には何か変わった所はあったか?」 「えっと、崖の下の川の所に貴族の二人の遺体があって……」 「依頼人も亡くなったのか……。どうも、ありがとな。若いのに嫌なもの見ちまって。なのに、しっかりしてて偉いな」 「教えてくれてくれてありがとな」 「ありがとう、譲ちゃん」  頭や肩にゴツゴツした手が乗せられて、慰めるように撫でられた。  褒めてくれた大人に嫌悪感はなく、私はコクリと頷く。  始めて触れた異世界の人は優しくて、揉め事にならなかったことに安心した。  気持ちが立ち直って来ると、側で見守っていた翠が我慢の限界を迎えたのか、ギルドの人たちに背後から低い鳴き声を立てて、頭で小突くように身体を押していた。  突然の威嚇に驚いて男性たちがそそくさと離れる。  そんな翠の様子に私は笑った。 「大丈夫だよ。何もされてない」  ──とは言え、近付かれたことが気に入らなかったのだろう。ピタリと身体を私の横にくっつけて、グルグルと喉を鳴らして甘えてきた。  しばらくすると、「あの……」と遠慮勝ちにシェイが声を掛けてくる。 「大変失礼な聞き方になってしまうのですが、そちらのミドリ様は魔物ではないですよね……?」 「うん、魔物じゃないよ。翠は──、うーん。なんだろう……。普通の猫だよね……?」    普通と断言したいところだが、こんな大きな猫がいるのか不安になってたどたどしく言葉を紡ぐと、翠に確認するような会話になってしまった。  けれど、それをものともせずに、証明するかのように仄かな光を放ちながら、翠は小さな体躯へと姿を変えた。  変幻自在に体の大きさを操ることに慣れていた私は地面に立つ翠を抱えると、「ほら、猫だよ」と言いかけた。  口に出来なかったのは、シェイやセラ。他のジギムでさえ、その場にいた全員が口を大きく開けて放心していたからだ。  驚愕している様子に、何が可笑しいのか分からなくて私は慌てる。
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