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第1話 転生
「いい加減、起きないか──!!」
低い声に呼び覚まされて目を開くと、頭痛がしてこめかみをぐっと押した。
その行為は逆に悪化させるらしい。
真っ白に輝く床を見ながら頭を抱えて蹲ると、ニァアと聞き慣れた鳴き声がして顔を上げる。
目の前にいたのは、白猫の翠の姿だった。
グルルと喉から甘えた声で鳴いて、スリッとお互いの顔を擦り合わせる。
「翠、おはよう」
今日も翠は可愛いなぁなんて思いながら上半身を起こして抱き上げると、大人しく捕まって撫でさせてくれた。
その時になって見覚えのない服を身に纏っていることに気づいた。
黒い薄手の長袖のシャツに、黒いタイツを履いていて、その上から白地に臙脂色の刺繍が施されたワンピースを着ていた。
靴も茶色の長ブーツと自分では絶対に選ばないものが身に着けられている。
そもそも日本の服ではなさそうな自分の格好に驚いていると同じ空間にいた二人目の人物が咳払いをして存在を知らしめてきた。
「おっほん」と聞こえた方を向くと、先のない真っ白な空間に、少し高い位置にいる男性が私を見つめている。
「おはよう、お嬢さん」
片手を上げて挨拶をして来たのは、白のゆったりとした着物を着ている青年で。中性的な顔立ちと長い髪。細い体格に、高身長という見るからに若い神様のような男性だった。
加えて、実際にかは分からないが、浮かんでいるようにも視えるのだから、そう思いたくなっても仕方ないだろう。
──けど、神様が私に何の用?
私は至って普通の女子高校生で特技もない。悪いことをしないよう心掛けているものの、神様に歓迎されるような良いことをした覚えもない。
そもそも、神様なのかも分からないけど……。
「おい。黙ってないで挨拶をしないか」
それにここはどこなんだろう?
目の前の男性もだけど、私にも影らしきものがないんだけど……。
「色々説明してやるから返事をしろ! 蜜路地 李桜!!」
「は、はい……!」
流石に名前を呼ばれると無視をするワケにはいかず、大きな声で返事をした。
やっと返事をした私を見て男性は満足気に頷くと、私を見つ直す。
嬉しそうに微笑んで目を細めると言った。
「ここは私の作った部屋だ。異空間とも云う」
男性が左手でパチンッと指を鳴らす。
すると、音の振動が風になって勢い良く円形状に広がると、真っ白だった景色が草原へと変わった。
「そして、私は神様だ……!」
真剣な顔つきで言い切った目の前の男性に、私は驚いて身体を強張らせ、唾を飲み込む。
この人────、かなりの中二病患者だ……!!
「我は中二病患者ではない!」
「えっ! 心が読めるの!?」
心の中で喋っていたことをツッコまれて、私は思わず聞き返していた。
神様となる青年は呆れた様子で大きな溜め息をつき、肩を落とす。
「お前は……。全く、自分がどうなったのか理解してないだろう?」
どうなったのか?
「えっと、死んでるのは分かってます」
あの燃えていた白い鉄の塊はきっと車だろう。思い出せるのは気を失う直前のことだけで、周りで何が起こっていたのかはあまり覚えていない。
いや……。
車って分かってるだけで大方予想はつくけどね。
「お主は、車同士の衝突事故で飛んできた車に跳ねられて亡くなったのだ」
ですよねぇ。
「そして、そこの翠ちゃんも一緒に亡くなった」
そう言うと片手で頭を抑えて、息を吐き。
「なんと痛ましい……」
そう呟いた。
すると、翠は神様を見て元気に鳴く。
まるで気にするなと言ってるようで、他人を気遣う優しい翠に私は胸を打たれて、ぎゅっと抱き締めた。
「おほんっ!」
気を取り直した神様が咳払いをすると、私を見て嬉しいことを口にする。
「それでな。翠を別世界に連れて行こうと思ったのだが、どうやらお主と一緒が良いと言ってな」
「え……!? み、みどりぃ!」
あぁ、なんて可愛い子なの!
そんなことを言ってもらえるなんて!
「しょうがない。猫の楽園に人間は入れないからな。別世界に転生させてやろう」
「……別世界?」
「そうだ」
一つ返事で頷く神様に、私は言ってることが分からず恐る恐る気になったことを尋ねる。
「えっと、日本じゃないどこかってこと?ですか?」
「そうだ。別の惑星。大陸。文化を持った世界。私が祀られているもう一つの世界に転生させてやろう」
「はぁ……」
日本だけじゃないんだ。
あれ、そう言えばこの神様ってそもそもどんな人なんだろう……?
じっと神様を見つめると、心が読めたはずの神様は何も聞いてない振りをして、楽しそうに話しを続けていた。
「丁度、やってもらいたいこともあってな」
やってもらいたいこと……?
訝しく思って軽く睨みつけると、神様は袖から扇を取り出して顔の下半分を隠した。
目尻にシワが寄った目は優しそうだが、面白そうに話すその声音からは嫌な予感しかしない。
「私が人間界に直接手を加えるのは出来るだけ避けたいのだ」
「はぁ。因みにその問題て言うのは、どういったことなんですか?」
なかなか本題に入ろうとしない神様に、私は耐え切れずに聴くと、面白い様子からかけ離れた単語が発せられた。
「死んだ者の魂の浄霊だ」
「死……!?」
死んだ者って言った!?
この人、何言ってんの!?
声に出せない文句が頭の中を飛び交う中、目の前の神様はニコリと笑った。
その笑みが恐怖の微笑みに感じられて、全身に悪寒が走り。背中に冷や汗と、至る所に鳥肌が立った。
「なぁに簡単なことだ。死霊に会ったら笛の音を聴かせてあげれば済む話」
「ふえ──?」
「そうだ」
頷くと髪さまは手を動かした。
何かを手繰り寄せている動作に、光の粒子が集まってくる。
その形は縦に長く、ある程度の大きさと長さになるとパッと瞬いて、思わず目を瞑った。
そして、一瞬のうちに、神様の手には黒い横笛が握られていた。
「これで死霊を浄術させるのだ」
「いや、無理でしょ。そもそも私、霊感なんて持ってなし──」
「それは私が授けてやろう」
はいぃぃ!?
ヤバイ、これは強制的にでもやらせるつもりだ……!
ほ、他に言い訳……。
断る溜めの口実を探していると、神様は意趣返しのように私を見下ろしてから言った。
「大丈夫だ。お主は神を無視し、言い返せるだけの度胸と元気がある。きっと、向こうでも楽しく過ごせるだろう」
──こ。
この人、めちゃくちゃ根に持ってるじゃん……!!
「い、嫌だ!
絶対に、無理無理ムリムリむりむりッ!!」
片手を前に突き出してブンブンッと激しく横に振ると、神様は扇を閉じて、深く頷く。
「うむ。元気があって宜しい。よろしく頼んだぞ」
「ちょっと! 人の話しを聞きなさいよ!」
大声で文句を言ったものの、神様は私じゃなく、腕に抱かれている翠を見つめた。
まるで愛しい存在を見るかのような眼差しを向けて来て、私は黙る。
「翠。主人と一緒に、第ニの生を存分に楽しむと良い。私の加護をやるからそう危険な目には遭わないだろう」
神様の言葉を聴いた翠はまるで理解したように、ニャァオと一つ鳴いた。
実際、分かっているのだろう。垂れた尻尾も激しく動いている。
「──ではな! 活躍してくれることを期待してるぞ!」
「ちょっと、待ッ……!」
言い切る前に神様がまた左手でパチンッと指を鳴らす。
その瞬間。私は翠を抱えたまま、真っ逆さまに落ちて行った。
床がくり抜かれたような感覚に突然襲われて、息を呑み込み、数秒間息が止まる。
視界に澄んだ水色の空が広がるとやっと状況を理解して、息を吐き出してから声を出した。
「ぎゃぁぁぁぁ!!」
あんの神様め──。
「ふざけんなぁぁぁぁ……!!」
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