第7話 浄術

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第7話 浄術

 頭痛に犯されて私は呻くと湿ったものが頬に当てられた。  ほんのりと濡れたのが気になって目を開くと、白い毛がどアップで映り込み、一瞬それが何なのか分からなかった。  翠の毛に似ているが、翠が鼻先は肌濡れるほど湿ってたりはしてない。そう思ったけれど、此処が日本ではないことを思い出した。  今の私がいる現実世界──神様から突如送り出された異世界、の森の中──へと、どうやら戻って来たらしい。  いつの間にか眠っていたようで、地面に横たわっていることに気付き、起き上がった。  頭が痛い。  記憶が抜け落ちているようでどうして此処にいるのか、混乱して良く分からなかった。  翠な心配気に顔を擦り寄せながらゴロゴロと鳴く。  頭を抱えながらこれまでのことを思い出そうとすると、意外とすんなりと思い出せた。  とは言っても、立て続けに起こってきた出来事は情報過多で、整理がなかなか追いつかない。  不思議なのはさっきまで見ていた夢もしっかり脳裏に定着していたことだった。  目が覚めた今でも鮮明に思い出せるのだ。  まるで、過去に体験して来たかのような記憶に、頭痛は晴れなくて違和感と不快感が拭えないが……。 「頭がグラグラする……」   こんな感覚は初めてで気持ち悪かった。  私は翠に寄りかかると、腰を下ろしてじっとしてくれた。  フワフワでフッサフサの心地よさにに癒やされる。   「翠、ありがとうね。もう少しこのままでいさせて……」   ぐったりとしていると、良いよと言うように優しい返事が返って来た。  頭が締めつけられるような違和感が楽になるのを待ちながら辺りを見渡すと、その時になって毒々しい紫霧は晴れていることに気づく。  なんの変哲もない夜の森の景色がそこには広がっていた。   森の中はとても閑静としていて、倒れた木々の隙間からは木漏れ日のように月灯りが差していた。  湿っぽいく暗い大地は月光に照らされて、砂に混ざっている石がキラキラと煌めいている。  そんな落ち着く自然の中に転がる冒険者たちの遺体と、雷光の蜘蛛(ライトニングタラテクト)の残骸は、幻影で最後に見た場所と同じ所で残っていて、一昼で起きた悲劇を思い出させた。  夢の中でネロの視界を通して一生を見て来た今の私にとって、思うことがいくつもあった。  何より、最後にネロがユーグの隣りで倒れた時のその想いは、とても悲しいことだと思う。  これが「霊媒師」としての仕事なら、神様は本当に意地悪だ。  この先も他人の一生を見物していくのは、どれだけ精神を擦り減らして行くことになるのだろう。  もしくは、どれだけの“人間の生死”を目の当たりにして行かないといけないのだろう。  ──こんな仕事を、私は耐えきれるのかが不安だった。  けれど、神様を恨む気持ちは湧かないのだ。  不満があるのは、“なんの前置きもなくこの身知らない世界に放り込まれたことに対して”であって、霊媒師としての仕事に文句はない。  大事な仕事だと思える。  適性があるのか分からないが、与えられた以上、やり遂げたい気持ちはちゃんとあった。  瞼をゆっくりと落とすと、幻影での出来事が断片的に何度もリピートされる。  目を瞑っていても一筋の涙が零れた。  頭痛は既に治まっていて、動こうと目を開く。  立ち上がると、最初にネロのもとへと向かった。 〈いつか、一緒に────〉  ユーグの傍らに歩み寄ったネロは、最後にそう言っていた。  多分、ネロはユーグのことが好きだったんだろう。  そんな彼の隣りに寝沿いながら願っていたことはなんだろう……。  過去の映像を見て思ったのは、ユーグもネロのことを大切にしていたと言うことだ。  幼馴染みで、性格も気持ちも理解してくれる唯一無二の存在として、ユーグとネロはお互いが大事な人だった。  だから……。  これは私が二人にさせたいことかもしれないけど、いつか一緒に暮らして家族になることを望んでいたのではないのか、と思う。──本当に私の願望かもしれないが──。  けど、ネロの視界から映った景色にはいつもユーグと二人切りの時間があったのだから、それもあるだろう。  ……あぁ、でも。  ユーグを先に失くしたネロが最後まで魔物を倒すことを諦めなかったのは、仲間に対しても情があったからかもしれない。  ……あ、そっか。  だから出て来た言葉が、“いつか”だったのか。  やっと答えが導き出せた気がした。 「それなら、みんなの墓を作ってあげないとね」  蜘蛛はもう別で燃やした方が良いかもしれない。他の動物が魔物の残骸を食べないようにしなきゃいけないから焼却は必要だ。  にしても、テレビで見た異世界アニメでは魔物は食べれたのに、この世界のは食べれないのか。……少し、残念だ。  すると、遠くから一羽の鳥が羽ばたいて来たようで近くの見たことのない木に留まった。  ホーホーと言う鳴き声から梟だと分かったが、その辺は異世界だったようで、鳴き声に聞き覚えがあっても、見た事のない鳥だった。 「──うん。“動物”と言われているモノだったら少しは食べやすいな。この設定も中々良いかもしれない」     鳴き声が、そして暗闇が、夜が更けっていることを教えてくれる。  森の静けさと、溜まっていた疲れのお陰で、眠気が誘ってきた私は欠伸をこぼした。  早いところ片付けてさっきの岸辺辺りでも、身体を休ませたい。 「一日目から過重労働過ぎるよぉ……」    重だるく鉛のような身体をどうにか起き上げらせて溜め息をつく。  さて、墓を作るにはどうするべきか。  持っていた教本の地属性魔法の詠唱が書かれた(ページ)を開くと、詠唱と事象が記載されていた。 「これを少し試してみようかな……」     その中から土を掘る魔法を選んでここの中で詠唱する。  近くで木が倒れてない何もない場所に向けて手を上げた。 「地の章。ニ項、三。大地の精霊よ──」  冒頭を唱えると、足下が小さく揺れて地響きが轟く。  倒れないように肩幅に足を広げぐっと脚に力を入れた。  魔力を体内に巡らせるのを感覚で捉えながら、最後の詠唱を囁いた。 「──我が願いを聞き届けよ、大地陥穽(アースピットフォール)!!」  すると、想像していた以上の広範囲で巨大な魔法陣が現れた。全体に亀裂が入ると、ドコッと重みのある音と共に地面が凹む。  まるで巨体な何かが踏み抜いたような陥没に私は少し驚いだ。  私が想像していたのは、あくまで人が五人ほど入るくらいの大きさだ。  こんな何十人もの人が集まれる様な広さなんて想像もしてなかった。  失敗した?  そう思ったけれど、したかった効果はちゃんと出ているから失敗とは違うのだろう。 「……もしかして、詠唱のせい?」  適当に自分が想像しやすい言葉を発していた風魔法よりも格段に強くなっているのだ。  教本の解釈が合っているのなら、得意魔法は闇であって、他は同等のはず。  違う詠唱で発揮される効力が違うのなら、この世界で使われている教本通りの詠唱を唱えることで魔法の効果は倍に増大するのかもしれない。  それを確かめる為に私は思いついた言葉で次の魔法を発動させた。 「落とし穴! からの、土の山!!」  すると、陥没した穴が少し深くなり、周りを囲う様に土が盛り上がった。 幼稚的な言葉だが、やっぱり元々凹んでいた部分よりかは狭い。  理科の授業で言う仮定は、大体立証出来たかもしれない。  私は積み上がった土山に登った。深さを見て頷く。 「穴の深さはこれくらいで良いかな」  その場から風魔法でネロとユーグの乾燥してしわくちゃになった身体を浮かべると、陥没した地面の中に運ぶ。  月光に照らされた何かがネロの首辺りで眩く輝いた。  なんだろうと思って土山から降りて近寄って見ると、それは四角いタグの付いたペンダントだった。  拾うとタグの片面には「ナイトホーク」とこの国の文字で描かれていて、夢で見た中の映像でモートンがギルドに提出した紙に書かれていたパーティーの名前と同じことに気づく。 「…………」  みんなでパーティー名を出し合って、衝突しながら決めていた「夜の馬」。これと同じペンダントを旅の始まりにみんなに配っていたはずだ。  裏面を見ると不思議な文字で名前らしきものが掘られていた。  そこには「ネト」と書かれていた。  じっとペンダントを見つめながら考える。一緒に埋めてあげたいのは山々だが、みんなが亡くなったことを報せる必要が私にはあり、身分証明書は多いに役立つアイテムだ。  心の中でごめんなさいと誤りつつ、ペンダントを集めることにした。街のギルドへ五人が亡くなったことを伝えるのに、これを持って行けば信じてくれるかもしれない。  そうすればこんな手造りの墓よりも、異端の地とも思える森の中よりも、ちゃんした墓地に遺体を運んでくれるかもしれないし、そうでなくても、誰かが墓参りにやって来てくれるかもしれないと思うと、やっぱりペンダントは欲しい。  それにこれは、ギルド支給の物。偽りはなく役に立つだろうとも思った。  私は他のモートン、セリグ、フィーネの身体も運んで来ると、それぞれの首元やボロボロになった衣服からペンダントを見つけだした。  直ぐに見つけられる所にちゃんと仕舞っていてくれてたので、お陰でそう時間も掛からなかった。  私は彼らの上へと土を被せて塚を作って行く。  そして、最後に魔力を込めて「結石」と呟くと、辺りの小石が一つに集められて、大きくな岩盤を作りだした。  これは石碑代わりだ。  目の前に立てると私は瞼を落とす。  ネトの記憶とは別の人の夢の中で、突如現れた男性は棺に刻印を刻んでいた。  これが“霊媒師”としての印だと直感していた私は、出来る限り記憶に残る呪言を真似て発した。 「──────」  真似たはずなのに、口が勝手に動く。  そう言えば笛を拭く時も──いや、今は置いておこう。  岩に向けて指先で宙に刻印を描く。不思議と魔力とは違う温かい力が体内の神経の周りを巡っているのを感じた。 「──────!!」  術を唱え終えて出来あがった印を岩に向けて軽く押すと、仄かに青白い光を散らしながら岩へと付き、パァァと瞬いてから焼き焦げた跡のように印が石盤に刻まれていた。 「──ハッ、はぁ……はぁ……」  魔法を連発しても疲れなんか感じなかったのに、今の作業だけでどっと疲れを感じた。  思わず膝からヘタリ込むと、元の大きさに戻っていた翠が膝の上に乗って見上げて来る。 「あはは」  乾いた笑みを零しながら呆気にとられる。  まさか、こんなに簡単に『霊媒師』の仕事が成功するとは思わなかった。  
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