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プロローグ
休日のお昼前。
快晴の空には太陽が昇り、熱射を放って肌をジリジリと焼く。
胸に抱いたペットキャリーバッグを抱え直すと、中からニャアと鳴き声が聴こえた。
「なぁに翠。もう直ぐお家に着くよ」
目の高さまで持ち上げて中を覗くと、伏せている愛猫の翠と目が合い、もう一度ニャアと一言呟いた。
翠は白猫だ。と言っても、右耳と尻尾が灰色で。女の子らしい配色をしている。
毛並みはとても柔らかく、毛の長さも長めで上品さがあり、撫でるとフサフサの感触が気持ち良いのもポイントだ。
何より惹かれるのは瞳の色で、普段は晴天を瞳に映し込んだような空色をしていて、不思議と何かの拍子に青と緑の中間色に変わる。
その色が私は好きだった。一番のチャーミングポイントで、お気に入りで、翠と名前を付けた。
そんな翠を外に連れて来たには理由があって。今日は健康診断で動物病院に連れて行く日だったからだ。
10歳になる翠が元気なのを確かめるため、徒歩二十分の距離を歩いて来た。
「お水は帰るまで我慢してね」
きっとお腹が減ってるのだろう。もう直ぐ正午の時刻を回る。
ガラス越しに翠の顔を撫でると、交差点まで来て立ち止まった。
今日も暑いなぁなんて思いながら片手を陽にかざすと、手の平に熱が集まってる感覚がしてギュッと手を握る。
そんなことをしても、現実世界で魔法が使えるわけもなく。掴んだのはただの空気だ。
「魔法が使えるならやっぱりタイムリープが使いたいよね」
周りに誰もいないことを良いことに独り言を呟くと、翠は話し掛けられたと思ったのか、ニャァンと長めに鳴いた。
「やっぱり翠もそう思うよね」
肯定してくれた体で私も軽く笑いながら返す。
翠と一緒にいた時間は結構長い。小学二年生の頃に生後数カ月の仔猫を拾ってから、近所のおばぁちゃん家で一緒に育てていた。
それから私が大きくなって、中学生になった頃。おばちゃんは居なくなり、私の部屋で飼うことになった。
今では家の子同然に一緒に過ごしている。
目の前の信号が変わると前に一歩足を進めて、横断の最初の白線を踏み抜いた。すると、初めて聴く大きな音が横から聴こえて、耳の鼓膜を揺らした。
──ドッガシャン!
硬い物同士が打つかる鈍い音と何が外れる音が絶え間なく響き渡り、その数秒後に誰かの絶叫が聞こえる。
何を言ってるのかは分からなかった。
ただ大きな音に斜め後ろを振り向いた瞬間、目の前に白の鉄の塊がアップで存在していて、全身に走る激痛に私の意識はシャットアウトしていた。
「救急車はまだなのか……!?」
きゅ、きゅう、しゃ……?
悲鳴のような叫び声と、慌ててるような早くに喋っている声が結構近くで聞こえて、目を覚ます。
けれど、重だるい身体には力が入らず瞼を開くのも億劫に思えた。
それでも周りの緊急を要する言葉に、意識がぼんやりしつつも、視界がぼやけて見えても、あるだけの力を使って瞼を開ける。
視界には空と男性の上半身が見えて、周りと話していた。
気になって話し掛けようとしたけど、息を吐き出す掠れる声だけしかでなくて、呂律が回らなかった。
「きみ!大丈夫か!?」
男性が目を覚ました私に気づいたようだ。
顔を近づけて話し掛け来るが、視界も不明瞭で、口が上手く動かせない私は呆然とどうしようかと考えていた。
──どうしようかって、なんだろう。
──何を話そうとしてるんだろう。
──何があったっけ?
そこまで考えてやっと今朝のことを思い出す。
まるで夢だったような記憶と、夢の中のような現状に、私が今、生きているのかさえも分からなくなる。
──今はそんなことより、翠はどこに行ったんだろう。
恐怖に駆られたように翠の姿が見えないことが寂しくて、悲しかった。
「……み…………ど……り…………」
もうその単語しか頭になくて、それ以外の言葉を忘れていた。
「み……ど……ど、こ…………?」
何度も、何度も呼んでいると、不思議と涙が溢れて来て、視界を濡らして目尻が零れた。
翠の姿がない。さっきまで一緒にいたはずなのに。
「──み…………」
もう一度呼ぼうとした時、ニァアと聴こえた気がした。
瞬きをすると、目の前に白い毛の足が視える。
「よ、か……た…………」
さっきまでどこに行ってたのか知らないが、翠が側に来てくれたことが嬉しくて凍った顔の筋肉を動かした。
視界が狭まる中、翠の後ろに誰かの足が見えたけど。私は力が尽きてしまい、背後からやってくる暗闇に身を落とした。
「お前はこの娘以外に主人と認めないのだな……?」
「よかろう」
「ならば、一緒に私の世界へと送ってあげよう──」
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