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 ある街に若者がいた  若者は陽が昇れば目覚め  彼の家の猫に餌を与え  そして椅子に座って本を読む    陽が沈めば共に眠る  陽が沈まなければ眠らないが  猫に餌を与える回数は変わらない  若者は、一日を生きていた    ある日、若者は歌声を聴きつけた  若者はその声に惚れ込んだ  若者は歌声の在処を突き止めようと  腐った街へと飛び出した    街には陽が昇っていた  それだけがこの街の存在の根拠であった  彼は街を駆け抜けて  ひたすらに歌声を求めて走った    ついに歌声が目の前に迫った  歌声は一段と煌びやかなものになった  壺は、そこで歌っていた  壺もまた、一日を生きていたのだ    若者は壺の姿を見た  壺は綺麗な左右対称ではなかった  左側の取手が欠けていた  若者はそこに永遠の息吹を感じ取った    それから彼は壺の元に壺の元にずっといた  そして、ずっと歌声を聴いていた  街の人々は時折それを見かけたが  敢えて見まいと努力をしていた    左側の欠けた壺のそばに  独りの若者が蹲っている  若者にはもう一日など存在しなかった  街の存在は、意味を成さなくなった    数ヶ月が経った  若者の家の猫が死んだ  猫は最期、ビー玉になって  転がって何処かへ行ってしまった    さらに数ヶ月が経った  若者の家がなくなった  家は最期、文鎮になって  音も立てずに消えていった    数年が経った  とうとう街がなくなった  街はとうに存在証明を解けなくなっていた  街の均衡は破られた    そして、若者と壺だけが残った  若者はもはや、一日を生きていなかった  ただ壺の歌声を聴きながら  ただ、壺と共に
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