種をまく旅人

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 転校生が来たというビッグニュースは数日経つと徐々に落ち着いて、学校は「日常」を取り戻していった。僕は中央のいわゆる二号車と呼ばれる列の一番後ろに座っていって、転校生の隣の席になっていた。転校生の前の席には矢島君が座っていた。矢島君はみんなからは「ヤジー」と呼ばれていて、それは親しみを込めた呼び方ではなくて、彼のことをそう呼ぶ人はおおむね侮蔑の意味を込めていた。矢島君にはできないことが多かった。  まずかけ算ができなかった。たぶん九九をおぼえていないらしかった。以前、矢島君が「4×6」の答えを出すのに、四つの丸を六セット、地道に計算プリントに書き出しているのを見たことがある。骨の折れる作業なのに、四角をひたすらに書く矢島君を、普通にすごいなあと僕は思ったけれど、そんなペースで計算プリントが時間内に終わるはずもなく、彼は周りから馬鹿にされるようになった。  矢島君は足し算やかけ算をする時も、時々指を使った。「3+4」を一つひとつ指を折って数える。矢島君の指は両手合わせても九本しかなかった。彼は生まれたつき右手の指が四本しかない病気らしかった。
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