種をまく旅人

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 てっちゃんが立ち上がった勢いでいすががしゃんと音を立てて倒れる。周りは二人の勢いにびっくりして固まっていた。今にもお互い殴りかかりそうな一触即発の状況に、僕は慌てて間に入った。 「今のはどっちも悪いと思う」  僕は人の仲裁なんかするタイプじゃないのにその時ばかりは不思議と勇敢だった。転校生の気持ちはもちろんわかったし、てっちゃんが怒った理由もわかった。外のクラブチームで野球を頑張っているてっちゃんにとって、たぶん一番言われたくない言葉だった。 「ごめん、言い過ぎた」  転校生は一息つくと落ち着きを取り戻し、少し下を向きながら素直に謝った。てっちゃんは謝ることはできなかったけれど、「べつに」と一言返事だけはして、一人で教室を出て行った。しんとしていた教室が徐々に音を取り戻す。 「ありがとう」  転校生は僕に向かって微笑んだ。あまり表情に変化のない転校生の笑顔を初めて見た気がしてちょっぴり嬉しかった。ただ、彼の笑顔はどこか悲しそうにも見えた。
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