1.ヤマビコ

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***  翌日、金曜日。  狛江瑞月は朝のホームルームで眉を顰めていた。 「松野江くんが休み?」  ザワついた胸の内は嫌な予感がするなどという言葉では済まなかった。瑞月はホームルームが終わると同時に席を立ち、奏流とよく話しているのを見る女子生徒に話し掛けた。 「榎本さん」 「あっ、えっ。狛江さん?」  榎本千咲(えもと ちさき)は驚いた顔でスマートフォンから顔を上げた。 「なっ、なにかな?」 「あなた、松野江くんと仲がいいでしょう? 彼がどうして休んでいるのか知らないかしら」 「ああ。訊いてみようか?」  千咲はアプリを開いてメッセージを打ち込み始めた。それを見て、瑞月はしまったという顔をする。そういえば、自分も昨日連絡先を交換したではないか。 「まだ既読付かないから、返事が来たら教えるね」  一時間目の担当教師が教室に入ってくる。瑞月は礼を述べて席に戻り、自分でも奏流にメッセージを送ってみた。  不安な一時間目が終わっても、奏流から返信が来ることはなかった。 「やっぱり、嫌な予感がする」  予鈴が休み時間告げると同時に、瑞月は教室を飛び出した。  向かったのは校舎裏。ひと気がないことを確認し、名前を囁く。 「朔」  足音もなければ、空気の動きすら感じられなかった。月夜の青年はあたかもはじめからそこにいたかのように、瑞月の背後に姿を現した。 「どうした?」 「松野江くんが学校に来てないの。匂いは覚えているでしょう。見てきてくれないかしら」  朔は肩を竦めるような動作をすると、半ば笑いながら首を曲げた。 「御意」  突風が吹き、朔の姿が消える。  それから一分、二分経った。再びの風が吹き、目の前に朔が着地する。その顔には珍しく緊張が走っていた。
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