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「なるほど。どちらかが本物ということね」
瑞月は上がった呼吸を整えながら囁いた。
「いや、正確にはどちらも生餌くんで間違いない。体を乗っ取られている。そのうえ、奴には分身能力があるようだ」
「それじゃあ、まずは松野江くんの体を返してもらわなくちゃ」
「叩けばいい。奴は貧弱だ、簡単に引き剥がせるだろうね」
瑞月は昂って唸る朔の口吻を押さえて下がらせると、一歩前に踏み出した。
「逃げても無駄よ、ヤマビコ。狼の嗅覚は絶対にあなたを見つけ出すわ」
「クケケ、クケ……」
奏流の口が不格好に動く。それは本来の彼なら絶対に見せない下品な笑みだった。
「狗神憑きだ、なぁ? アンタ、狗神憑きだ、狗神憑き」
「噂には聞いてる、聞いてる。狗神は怪異を喰うんだってなぁ? なあ!」
二人の奏流が同時に話すため、その声は二重に聞こえる。瑞月は不快さに顔を顰めた。
「そうよ。私たちはあなたを食べに来たの。大人しく食べられなさい。今なら苦しませずに逝かせてあげるわ」
「できるものならやってみな、やってみな。この小僧も道連れだ」
「殺す、殺す。その前におれがお前らを喰ってやる!」
「瑞月!」
朔が警戒の声を上げる。瑞月はハッとして身構えた。
二人の奏流が両手を口元に当てた。顔が千切れんばかりに大きく口を開いて。
「おおーい」
「おおーい」
「おおーい」
「おおーい」
広がっていく「おおーい」の輪唱。二人の呼びかけは木々に跳ね返って木霊し、声をひとつ、またひとつと増やしていく。そのたびに草むらから新しい奏流が姿を現すのだ。
瞬く間に、瑞月と朔は松野江奏流の群に囲まれていた。
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